研究テーマ

小さな村を開いていく ─千葉・鴨川の里山暮らし─

このコラムでは、これまでも何回か「里山」について取り上げながら、人間と自然との関わりや本当の豊かさについて考えてきました。(コラム「都市と自然の間を整える」「田舎での暮らし」「田舎で暮らす」)今回は、千葉の南房総にある釜沼という里山で暮らしている林良樹さんの話をご紹介します。

15年前、世界を放浪していた林さんは、イタリアの美しい農村やそこでの生活に魅せられ、同時にまた、そこでお世話になった農家の人から「日本の自然農」のことを教えてもらいました。そんな暮らしを日本でもできないだろうか、と探し求めているうち、たどり着いたのがこの地でした。わずか25世帯、住民の数は多いときでも200人程度という小さな村です。しかしそこには、いまだに天然の雨水だけでお米をつくることができる、保湿性の高い重粘土質の棚田があります。背後には里山の自然があり、温暖な気候にも恵まれて、豊かな暮らしが営まれてきたのです。そしてそこでは、自然の中で自然と寄り添いながら生きるための「知恵」も、脈々と受け継がれてきました。

しかし、その知恵を受け継いできた長老たちは80歳を超え、一人暮らしも増え、昔のことを知る人もいまやわずかです。林さんは、そうした昔の人の知恵をなんとか受け継ぎ、里山での豊かな暮らしを多くの人に伝えたいと考えました。
鎌や草鞋(わらじ)、縄、背負子(しょいこ:小枝などを背負って運ぶときの道具)、竹でつくる駕篭(かご)といった昔の道具を復活させ、長老に教わりながらそれらをつくるワークショップを行い、本をつくり、棚田を復活させ、都会の仲間に作物をつくる楽しさも教えてきました。そしていまでは、この地にたくさんの若者が訪れるようになっています。

多くの人が集まる林さんの家は、古い民家を改造したものです。そこには、以前当コラムでもご紹介した燃焼効率の高いロケットストーブ(コラム「ロケットストーブ」)が置かれ、その煙突を土づくりのベンチの下に埋め込んで蓄熱させています。家の中はきれいに整理整頓され、土間に置かれている道具も、いわゆる民芸品ではなく日常使うために十分手入れされたもの。その簡素で簡潔な暮らしぶりに、日本人の美意識が垣間見えます。

多くの人が集まるとはいえ、実際にこの釜沼で暮らしている外からの移住者は、林さんだけです。これまでは決して大きくすることなく、あえて小さいままで、近くの地域に住む20人ほどの若い移住者仲間でNPOをつくり、活動してきました。この里山の暮らしを実践し、少しずつ顔の見える仲間たちを広げてきたのです。
しかし、村の人々の高齢化が進む中、定住者が減っていく未来を考えると、村の存続のためにもっと多くの人に来て、住んでもらいたいと考えるようになりました。定住者がいれば、里山での暮らしと自然が守られ、循環するはずです。しかし住む人が減っていく過疎では、その循環の仕組みが成り立ちません。多くの人が来訪し、体験しても、そこに「定住者」が必要なのです。この15年間積み重ねてきたことで、林さんの中で、新しい定住者を受け入れるだけの準備も整ったといいます。いま、林さんのもとには若い人たちがたくさん集まっています。自然と遠ざかってしまった都会の暮らしから、土と水と自然を求めて、日本の暮らしの美しさと豊かさを求めて、集まってきているのです。そうした若い人の中から、今後は定住していく人が生まれてほしい。林さんは、そう願っています。

戦後、この村からも多くの若者たちが都会に出て行きました。いま、林さんは、15年かけてこつこつと整えてきたこの村での暮らしを、地域の人たちと共に、慎重に開いていこうとしています。小さなスケールでできたことを、もう少し開いていく。そうすることで、若い定住者が増え、この村の暮らしが未来に存続することを夢見ているのです。
その彼の意思と活動の行方は、大きな実験になるに違いありません。いま日本の各地で、自然への回帰、里山での暮らし、エコビレッジなどの動きが起きています。その暮らしを次の世代へとつなげていくには、閉じているコミュニティーを少しだけ広げていくこと。その開き方に、未来への鍵があるように思えます。

千葉鴨川の釜沼の暮らし。みなさんも一度、覗いてみてはいかがでしょう。

[関連サイト]
鴨川地球生活楽校
里山わらじランラン・ウォーク
里山わらじランラン・ウォークFacebook
林良樹ブログ
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