2地域居住 ─富士山と東京、行ったり来たり─
東京から約100km離れた富士山の北麓で暮らしながら、週の半分近くは仕事で東京へ。そんな2地域居住を続ける研究所スタッフのブログです。過去50回にわたって連載したブログ「富士山麓通信」の続編となる今シリーズでは、時折り都会の出来事も織り交ぜながら、暮らしのあれこれを綴ります。

⑤火を囲む

2018年11月07日

豪雨、台風と夏から秋にかけて数々の自然災害に見舞われた日本列島。ここ富士北麓のわが家も例外ではなく、台風24号の強風が森の樹々をなぎ倒し、倒木が電線を直撃しました。停電です。半日もすれば復旧するだろうと最初のうちは高をくくっていましたが、翌朝になっても翌々日になっても電気はつきません。1週間近く(正確には6日と11時間)の停電を経て、「火」のありがたさが身に沁みました。

明るいは、嬉しい

停電中はスマホが充電できない、冷蔵庫の中身がダメになる、といった不便さもあるのですが、何より大きかったのは、暗い闇の中で夜を過ごさなくてはならないという不安感でした。東京から移住してきたばかりのころ、一歩家の外に出ると夜は暗闇、というあたりまえの事実に驚いた経験があります。でも、今回は家の中も暗闇です。
初日の夜は、手の届くところに常備してあった懐中電灯とろうそくで何とかしのぎました。風流に「陰影礼賛」と言いたいところですが、明かりがあってこその陰影。まったくの闇の中ではそんな余裕もなく、ろうそくのかすかな炎も命綱に思えました。

火のある安心

二日目からは、暖炉に火を入れました。暖をとるためというより、明かりをとり入れるためです。闇の中で暖炉を燃やすと、人も犬も猫も集まってきます。暗いので何をするというわけでもないのですが、とりあえず火の傍に身を寄せ合っていれば何となく安心な気がするから不思議です。古代の人々が火の周りに集まったのも、夜の闇の中で外敵から身を護るためだけでなく、明かりのもとに身を寄せ合うことで仲間との連帯意識も強めていったのでしょう。

縄文時代の竪穴式住居では、中央に炉があります。火で明かりや暖をとり、煮炊きをする。太古の昔から、火は人が生きていくために欠かせないものでした。焚き火やキャンプファイヤーで盛り上がるのも、なべ料理やバーベキューで気持ちがなごむのも、人類が火と付き合ってきた長い歴史が私たちの記憶の中に刻み込まれているからかもしれません。

火のある暮らし

現代の特に都会の暮らしでは、火は見えないものになっています。私の東京の部屋でも、キッチンの熱源は電磁調理器のみ。暖房器具もガスや石油のストーブはNG。炎が出なくて安全とされるキッチン、スイッチひとつで暖かくも涼しくもしてくれるエアコン…火を使うことのない東京での暮らしは、たしかに安全で便利だけれど、どこかもろくて危なっかしい気もします。それは、人間の根源にかかわる火というものの存在が、使い手に見えなくなっていることへの違和感から来るのかもしれません。

そんなわけで、森の家に帰ったら、暖炉や薪ストーブをフル稼働させて暖をとり、煮炊きにも使います。落ち葉を集めて、庭で焚き火もします。

これからの季節の中心は、暖炉や薪ストーブ。デスクワークの途中で時々立ち上がって薪をくべるのは気晴らしになりますし、何より家の犬や猫は火のまわりが大好きで安心できるようなのです。

火があって、火によって作られた食べものがあって、人も動物も集まる。幸せって、こんなささいなことにあるような気もします。

二匹の好物は、薪ストーブの上で焼く焼き芋。おねだりの時は、マイペースの猫もすり寄ってきます。

あったまっていけば?

「焚き火だ、焚き火だ、落ち葉焚き…あたろうか、あたろうよ」古い童謡の一節です。落ち葉をかき集めた焚き火に、通りすがりの人が暖まっていく。心温まる光景ですが、火そのものが見えなくなってきている今、こんな光景は見られなくなっていくのでしょうか? そういえば、まだ東京で暮らしていたころ、子どもの通う小学校の校庭で焼き芋大会のための焚き火をしようとしたら、「消防署への届け出を」「ご近所にもご挨拶を」と言われたこともありました。
たしかに、火は一歩使い方を誤れば危険なものです。それだけに、昔から人は「火の始末」について細心の注意を払い、火を恐れてもきました。竈(かまど)の神さまを「荒神様(こうじんさま)」と崇め、お台所の火の元近くには「火の用心」のお札も貼られていました。「火の用心」には「火の要慎」と書かれたものもあり、その文字から、火に向き合う姿勢が伝わってくるようです。現代の、特に都会の暮らしでは、火が「見えない」存在になっています。見えないものに対して、心構えなど持てなくなりそうで、そのことの方が怖いと思うのは私の杞憂でしょうか?

秋刀魚は七厘(七輪)で

わが家のキッチンは直火を使うグリルですが、秋刀魚を焼くときは「七厘」を使います。七厘をご存じない方もあるでしょうが、昔からの庶民の調理器具で、地方のホームセンターではごく普通に売られています。一説では、七厘の炭で煮炊きができたから、この字を当てるのだとか。
七厘の炭火で秋刀魚を焼くと、秋刀魚の脂が落ちて時には煙ボーボー、真っ黒こげになることもあるのですが、やっぱりおいしい。今年のように秋刀魚が豊漁だと、がぜん出番も多くなります。日々の焼き魚はキッチンのグリルで焼くのですが、秋刀魚だけはわざわざ七厘で焼きたい。それが、私なりの季節の味わい方なのです。

夜の街を照らすまぶしい照明はあるけれど、火を囲んで家族や人が集う場は、特に都会では少なくなってしまいました。だから、わが家では都会の友人が訪ねてくると「火」でもてなすことにしています。料理は、圧倒的に「おなべ」(ラクチンですし)。子ども連れなら、庭で焚き火をするだけでキャンプファイヤー気分。暖炉や薪ストーブも、用意さえしておけば、お客さまのだれかが勝手に薪をくべてくれる。そして特に話題がなくても、揺れる炎を見ているだけで、何となくみんなの顔がほぐれてくる。火の力は、やっぱり偉大ですね。

  • プロフィール くらしの良品研究所所員
    M.Tさん

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