2地域居住 ─富士山と東京、行ったり来たり─
東京から約100km離れた富士山の北麓で暮らしながら、週の半分近くは仕事で東京へ。そんな2地域居住を続ける研究所スタッフのブログです。過去50回にわたって連載したブログ「富士山麓通信」の続編となる今シリーズでは、時折り都会の出来事も織り交ぜながら、暮らしのあれこれを綴ります。

④畑に近い食卓

2018年09月12日

東京で暮らしていたころ、子どもの通う小学校の農園運営委員になったのをきっかけに、農業塾に入り3年間通いました。土と触れ合う気持ちよさ、作物が日に日に育っていく感動、そして自分で作った野菜のおいしさ…十数年前、富士北麓へ移住したのも、半農半X的な暮らしを求めてのことでした。(もっともその当時、半農半Xという言葉はまだありませんでしたが...)

移住したものの、富士北麓は冬には大地が凍てつくような寒冷地。その上、里に借りた畑では一晩に200株のジャガイモを猪に掘り起こされる獣害も経験し、ここ1~2年は野菜づくりを半ばあきらめかけていました。
そんなときに出合ったのが、同じ村で開かれている「農道塾」。20年以上前、東京からこの村に移り住み、有機農業に取り組んでいるオルタ農園の園主、萱場和雄さんから有機農法のイロハを学ぶ塾です。

畑を森に

オルタ農園のコンセプトは、「畑を森に」。微生物が生きられる土づくりから始め、多様性が息づく森のような畑をつくり、年間100種以上の野菜を育てています。「自然界は、多様性で成り立っている」「多様性は人類にとってもキーワード。人間界も多様性がなくなったら、排除したり戦争に進んだりする」という言葉から、現代社会の抱える問題にも気づかされます。

月に一度の塾では、萱場さんのお話を聞きながら実作業。種まき、苗の移植、間引き、仕立てなどさまざまなことを学びます。

ある日の作業は、ニンジンの間引きでした。間引いたニンジンが文字通り山のようになり、みんなで山分け。持ち帰ってみるといろいろなサイズがあって面白いので、ラインダンスのように並べてみたのが最初の写真です。もちろん、どんなに小さくても食べられます。

お店では滅多にお目にかかれない葉っぱの部分は、サラダやお浸し、かき揚げに。余ったものはみじん切りにして冷凍保存しました。根っこの方は、スティックニンジンとして生のままかじったり、サラダにしたり、お味噌汁の具にしたり。いま目の前にある新鮮な野菜をどう使いきるか? と知恵を絞るのは、嬉しい悩みです。

富士山の鳥が合図

富士北麓地域では、春になって富士山7~8合目の残雪が鳥のように見えたら「農鳥(のうとり)」と呼び、古くから農作業を開始する目安としてきました。今年の農鳥の「飛来日」は5月11日。翌日の地元新聞には、農鳥の富士山を背景に水田でトラクターを動かす人の写真が載っていました。

農鳥飛来の少し前、わが家でも畑作りを開始。腐葉土たっぷり(なにしろ森の中ですから落ち葉だけはたっぷり)の裏庭の空きスペースを掘り起こし、有機肥料を入れて畑らしきものをつくりました。猫の額のような狭さで、農道塾の広々とした農園とは大違いです。

種は、大量生産用に交配されたF1種(一代交配種)ではなく、家庭菜園に適した固定種(在来種)に。長い年月をかけて地域の気候風土に適応した種ですから育てやすく、生育にバラつきはありますが、少しずつ長い期間にわたって収穫できるので家庭菜園にはかえって好都合です。

種はひと粒ずつポットに蒔き、ある程度育ったところで畑に移植します。芽を出し、双葉になり、少しずつ育っていくさまに、思わず「頑張って」と声をかけたくなります。

土から頭を持ち上げるように芽を出すインゲン

土を耕し、種を蒔き、それが芽を出し、葉をつけ、花を咲かせ、実っていく。人間ができることはほんのわずかの手助けだけで、基本的には太陽と雨が植物を育てます。そんな自然の流れを間近に見ていると、なぜか心が穏やかになるのは、人も自然の一部だからでしょうか。

収穫の喜び

仕事の合間にする畑仕事、しかも東京と富士山麓を行ったり来たりの生活ですから、雑草がはびこったりすることもしばしば。野菜が生長するリズムに付いていけないことの方が多いのですが、それでもなんとか育ってくれて7月からは収穫できるようになりました。

左からレタス、パクチー、パセリ(手前)、ブロッコリー(奥)

庭に自生する野イチゴ

とはいえ、順調に育つものばかりではありません。今年はラディッシュが強い雨に打たれて根こそぎ浮いてしまい、なんとか残ったのは写真の一株のみ。だからこそ、育ってくれたものは大切にいただきたい。小さなラディッシュを家族で分け合って食べました。

摘みたての野菜たちは、たとえばキュウリには触れると痛いほどのトゲがあり、トマトは葉っぱまでもが青臭いトマトの香りを放ち、青紫蘇はうぶ毛が舌に当たるほど。スーパーで買う野菜にはない強い生命力を感じさせてくれます。

庭に自生するフキ

いただきま~す

そして最後には、「いただく」楽しみです。収穫したばかりの新鮮な野菜は、下手に手を加え過ぎると、せっかくの野菜の個性(持ち味)を邪魔するような気がします。つまり、素材そのものがおいしい。料理にあまり時間をかけられない私には、その意味でも畑の野菜はありがたい存在です。

とはいえ素人が仕事の合間に作る畑ですから、育てる野菜もたかが知れていて、食卓のすべてをそれでまかなえるわけではありません。でも、畑の野菜がある時期は、その日に収穫したものをいただく、という至ってシンプルな食生活。他のものを買い足すにしても、畑の野菜を主人公にして脇を固めるという買い方になります。
たとえばピーマンとインゲンがたくさん採れた日は、玉ねぎを買い足してドライカレーにしたり、トマトとピーマンが採れた日はピザを焼いたり、インゲンとキュウリと青紫蘇で冷やし中華にしたり。レシピに合わせて買い揃えるのではなく、「そこにあるもの」からメニューを考える食事です。

野菜の育ち具合によっても、メニューは変わってきます。たとえば、青紫蘇(大葉)。最初のうちはボチボチ葉を付けるので、少しずつ摘み取って素麺や刺身の薬味に使いますが、そのうち爆発的に葉が茂ってくると食べるのが追い付かないほどに。大量に収穫した日は、焼いてほぐした鯵の干物とインゲン、青紫蘇だけのちらし寿司にしてみました。それでも使い切れないものは、昆布醤油に漬け込んで保存。おむすびに巻いたり、刻んで薬味にしたりと楽しみます。

旬のものを旬の時期に、新鮮なままいただけることは大きな幸せです。もちろん、誰もが畑で野菜を作れるわけではありませんが、そこにある恵みに感謝し工夫していただくことで、食卓が「自然」に近づいていくのではないでしょうか。

  • プロフィール くらしの良品研究所所員
    M.Tさん

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