研究テーマ

呼吸、してますか?

生きものは生きている限り呼吸をしています。人の生死を表現するのに、「息を吹き返す」とか「息を引き取る」といった言い方をするのも、息は命の証だから。とはいえ、普段の私たちにとって息をするのはあたりまえすぎて、ことさら意識しないことのほうが多いでしょう。でも、「呼吸の仕方ひとつで心身の健康が左右される」としたら…? コロナ禍で息の詰まるような生活が続いている今だから、ちょっと呼吸に意識を向けてみませんか。

呼吸と心

「息」という字は「自らの心と書く」ように、心の状態はそのまま息の仕方に出ると言われます。逆に言えば、正しい呼吸をすることで不安を減らしたり心を整えたりするもできるということ。心が動揺しているときは呼吸が乱れ、呼吸を整えると心が落ち着くといった経験は、誰にもあることでしょう。
実際、呼吸の仕方が脳神経系に直接影響を与えることは、科学的にも説明されています。ここで関わってくるのが、ストレスに関係する神経に働いて平常心をつくり出す神経伝達物質、セロトニン。息を長くゆるく吐き続けることによって、そのセロトニンの分泌量が増えるというのです。

まず「吐く」

呼吸を意識するとき、私たちがまず思いつくのは、「深呼吸」です。ラジオ体操の最後に両手を上げて大きく息を吸い、腕を下ろしながら吐く。子どもの頃から慣れ親しんできた順番ですが、実はこれは「胸が主導権を握っている」呼吸だとか。呼吸の専門家たちは一様に、「吸うことより吐くことが大切」と声を揃えます。そして、「吐いたら吐いた分だけ入ってくるのが呼吸の原理」。
そういえば「呼吸」という文字をよくよく見ると、呼気(体外に吐き出す空気)と吸気(吸い込んだ空気)の組み合わせで成り立ち、あくまでも「呼気」が先。本来の呼吸は、文字通り「吐く」「吸う」の順番なんですね。

「お腹」を使う

ベストセラーになった『声に出して読みたい日本語』シリーズの著者、齋藤孝さんは、身体論の研究者で呼吸について長年研究を続けてきました。
その齋藤さんによれば、「元来、呼吸は腹の力をしっかり使ってやるもの」で、かつての日本人には「横隔膜を使った腹式呼吸がからだに定着していた」とか。火を熾(おこ)したり、水を汲んだり、土を耕したり、薪を割ったりといった生活に不可欠な動作は、「どれもみな、腹の底に深く息を吸ったりぐっと止めて吐いたりしなければ、力を込めることができない動き」であり、かつての日本では「生きていくのに、深い呼吸というものが必要不可欠だった」と言います。そんな生活から遠ざかり腹式呼吸が衰えてしまった私たち現代人がしているのは、「浅く落ち着きのない口呼吸」。実際、現代人のほとんどは、空気が肺の半分にも満たない程度の呼吸しかしていないと言われます。

丹田呼吸法

さまざまな人が心身によい呼吸法を説いていますが、それらすべてに共通しているのは、臍下丹田(せいかたんでん)に力を入れて「吐く息」を意識すること。臍下丹田とは、へそ下3寸(9センチ)に位置し、漢方医学では、ここに意識を集中して力を集めれば、健康を保ち勇気が湧いてくると言われるところ。私たちの体内に備わっているパワースポットとでも言うのでしょうか。
長年セロトニンを研究してきた東邦大学医学部名誉教授の有田秀穂さんは、学生を被験者に丹田呼吸法を30分間実施した後、尿と血液中のセロトニンレベルが上昇することを証明しています。

「3・2・15」の呼吸法

前述の齋藤さんは、「心が平静で気持ちのいい状態を維持できるようにするには、呼吸を全う(まっとう)させればいい」と言います。全うさせるとは、「息のゆったりした流れを止めない」こと。「お腹で息を感じるようにしながら、呼吸の波を邪魔せず感じ取る」のが、基本の呼吸だそうです。ここまでなら何とかなりそうですが、さらに「体をリラックスさせて内臓全体で呼吸するようなイメージで」と言われると、ちょっと難しそう。
そこで、誰にでも使える簡潔な呼吸法をと考えて、齋藤さんは一つの「型」をつくりました。それは、呼吸の仕方を秒数で区切る呼吸法。意識を丹田に持っていき、ゆったりと「鼻から3秒息を吸って、2秒お腹の中にぐっと溜めて、15秒かけて口から細くゆっくりと吐く」というシンプルなものです。とは言え、いざやってみると、15秒かけて吐くことはそう簡単ではありません。

齋藤さんが本当に言いたいのは、こうしたメソッドより、「息をゆるやかに吐くことで自分を取り戻す」こと。呼吸を整えることで現在そのものを生きる、蓄積したものを振り捨てた上に心の安定がある、といったことのようです。呼吸において、吐くことは捨てること。「吐いて、吐いて、吐き出していくことで生まれる安定感」は、「身辺を簡素にしていくことで常にエネルギーが入る器を用意」して生きてきた先人たちの知恵とも重なりそうです。新型コロナをきっかけに、これまで「あたりまえ」とされてきたことがそうでなくなった今。ゆったりと呼吸を整えることで、自分にとって本当に大切なものが見えてくるかもしれません。

参考図書:
『呼吸入門』齋藤孝(角川文庫)
『呼吸の本』加藤俊朗・谷川俊太郎(株式会社サンガ)
『ここ一番に強くなるセロトニン呼吸法』有田秀穂(東邦大学医学部教授)/高橋玄扑(禅ヨーガ研修会主催) 地湧社

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