子育て・教育のほとりで
子どもが一般の学校ではないオルタナティブスクールに通うようになってから、子育てや教育に興味を持ち、学ぶようになりました。学校外の「多様な学び」や「不登校問題」「海外の教育事情」など、子育て・教育まわりのさまざまな話題を取り上げて紹介していきたいと思います。

大人の「理想」を押しつけない教育

2019年04月24日

教育に「理想」は必要か?

ときどきサドベリー教育について話をすると、保護者の方からこんな質問をいただくことがあります。「で、この学校に通うと、どんな人間に育つのですか?」と。たぶん、子どもの将来が心配になるのでしょう。「大学に進む人はいますか?」「芸術家のような人が多いですか?」「自立した人間になるのですか?」といった質問が次々と寄せられます。無理もありませんね。授業もない、先生もいない、"世界一自由"な学校に通ったら、自分の子がどうなってしまうのかと心配になるのは当然です。でも、実はここに一般的な学校とサドベリーのようなデモクラティックスクールとの大きな違いがあるように思います。
どう違うのか? 普通の学校はたいていの場合、育成すべき理想の"人間像"を持っています。「自立した人間をつくる」とか、「世に貢献する人を育てる」とか、「グローバルな人材を育成する」とか。そのために、「これこれこういう教育を授けます」という考えです。でも、サドベリーの場合は違うのです。「デモクラティックスクールネット」のサイトを見ると、教育理念の項目があり、そこには「自分の好きなことを学ぶ」や「子どもの尊重」「ミーティングで話し合って決める」といった言葉は見られます。でも、「〇〇のような人を育てる」といった言葉は見当たりません。つまり、学校としての「在り方」は決めているけれど、教育が目指す「理想像」のようなものは特に定めていないのです。

なぜ、理想像を持たないか

サドベリーのような学校は、基本的に子どもを「子ども扱い」しません。どんなに年端の行かない子であっても、大人と対等の人格を持った"主体性"のある人間として見ています。そこには「子どもは未熟者だから、大人が導いてあげなくてはいけない」という発想がないのです。
よく学校の理念などで「自主性を大切にする」という言葉を目にすることがありますね。でも、そう言いながら同時に「〇〇のような人を育成する」と書いてあったりします。これは矛盾以外の何ものでもありません。もし、本当に自主性を尊重するなら、目指すべき目標やゴールは決められないはずです。なぜなら、子どもがどう育っていくかは誰にも予測がつかないからです。これが、サドベリーのような学校が、教育のゴールとなる「理想像」を持たない理由なのです。
と、こういう話をすると、「それじゃあまりにも無責任じゃないか」「これではとても教育とは呼べない」という人が出てきます。別にそういう意見に反論するつもりはないし、一般的な教育を否定するつもりもありませんが、なぜこのような"自主性を尊重する"教育が、今の時代に必要かを次に考えてみたいと思います。

一寸先の見えない時代

ひと昔前に比べて、今の世は先の見通しがかなり不透明になってきています。AIやロボットの進化によって、消滅する職業があるという話も耳にします。将来「タクシーの運転手になりたい」という子がいたら、「ちょっと待て」といいたい親はたくさんいるでしょう。10年後、20年後には自動運転が普及し、タクシー運転手は不要になるかもしれないからです。運転手だけじゃなく、医師や弁護士ですらAIに取って代わられるかもしれない時代、本当にこの先どうなるかは誰にも予測がつかないのです。
昭和や平成の初頭までは、ある程度、時代の先行きは見えていた気がします。勉強をして、いい学校に入り、いい会社に就職する、このレールに乗ってさえいれば、いい人生を送れる雰囲気が社会にありました。でも、今はその"鉄板の常識"が崩れてしまった。一所懸命勉強して身に付けた知識や技術が、いつ陳腐化してもおかしくない時代を子どもたちは生きているのです。
このように先の見通しの利かない時代に、人間に必要とされる資質は何か? それは"生きる力"だと思います。自分で何がしたいか、何をすべきかを知り、主体的に考え、行動し、自ら変容していける力だと思います。そういう力を身に付けるためにも、子どものうちから"主体性"を大切にする教育が必要だと感じます。
実際、フィンランドやデンマーク、オランダなどの教育先進国の取り組みを見ていると、教科学習の習熟より、むしろ子どもの自主性や主体性を重視しているように思えます。大人の「理想」の型に子どもを嵌めこむのではなく、自由にのびのびと、多様性の芽を伸ばしていく教育です。

もしかすると、私たちが今生きている「現在」は、すでに「過去」の遺物となりつつあるのかもしれません。めまぐるしく変化していく未来にあっては、今の大人が後生大事に抱えている「理想」など、何の役にも立ちません。電話がスマホになり、コンピュータがAIになり、お金が仮想通貨になり、車が空を飛ぶ時代、教育に必要とされるものは何なのか。そこを真剣に考え、教育に大改革を起こしていく時期に、日本もさしかかっているのではないでしょうか。

(イラスト:中田晢夫)

  • プロフィール くらしの良品研究所スタッフ。17歳の子どもの父親。一般財団法人東京サドベリースクール評議員。

最新の記事一覧