子育て・教育のほとりで
子どもが一般の学校ではないオルタナティブスクールに通うようになってから、子育てや教育に興味を持ち、学ぶようになりました。学校外の「多様な学び」や「不登校問題」「海外の教育事情」など、子育て・教育まわりのさまざまな話題を取り上げて紹介していきたいと思います。

血となり肉となる学び

2020年11月04日

人は何のために学ぶのか

ときどき自分が思うのは、小学校からの教育で教わったことのうち、どれぐらいが記憶に残っているかということ。おかげさまで低学年に習った計算や読み書きは覚えていて、日々の生活に役立っています。かけ算も小2のときに必死で九九を覚えたので、一桁までなら計算機より速くできる。ただ、それ以上の学年で習ったことや、中学校、高等学校などで教わった高度な知識は、どれほど人生の役に立っているかが分かりません。
あくまで私個人の場合ですが、振り返ってみると学校で教わったことの大半は、残念ながら忘却の彼方にあります。ほとんど記憶に残っていません。昆虫の足の数や被子植物と裸子植物の違い、因数分解、さまざまな化学式、代々の将軍の名前、古文の文法など、すべてきれいさっぱり忘れ去りました。こんなに覚えていないのに、なぜあんなに勉強させられたのか。毎日5時間も6時間も机の前に座って、あくびをかみ殺しながら退屈な授業に耐えたのか。あの努力は何だったのかと、空しく思うことすらあります。本当に人は何のために学ぶのでしょうか。

食べた物の行方

これについては、面白い考え方があります。人間の食べた物と体の関係になぞらえてみるのです。人は毎日いろんなものを食べて生きています。私は昨日、豚汁を食べました。豚汁の中には豚肉や、ごぼう、人参などの野菜が入っています。さて、これらの食物は、食べた後どうなっていくのでしょう。豚肉のまま、ごぼうのまま、体内に留まるでしょうか。もしそうだとしたら、たいへんです。食べたものでお腹の中がゴロゴロするはず。でも、そうはなりませんね。食べた物は胃や腸で消化され、栄養となって吸収されるのです。元の姿は消え去っても、その人の血となり肉となって残るのです。
こう考えると、学校で得た知識も同じかもしれません。跡形もなく忘れ去っても、どこかに残っている。そこで得た知識は姿を変え、その人の人格や人生の形成に役立っていくのでしょう。そして、このような考え方で授業を行っている学校があります。それはドイツで生まれた「シュタイナー教育」の学校です。

シュタイナー学校の授業

シュタイナー学校には、「エポック授業」という独特の授業があります。教える内容は国語、算数、理科、社会などにあたる教科ですが、日本の学校と教え方がまったく違います。普通の学校には時間割があって、「国語、算数、音楽、体育、理科」のように一日で複数の科目を教えます。でも、シュタイナーのエポック授業は違います。1回110分もの時間をかけて、ひとつの教科に取り組みます。それも毎日毎日同じ教科を、算数だったら算数だけを2~4週間かけて学びます。それが終わると次の科目、国語なら国語をやはり同じように2~4週間かけてじっくり学んでいきます。
エポック授業のもうひとつの特徴は、教科書がないこと。子どもたちは先生の話を聞き、会話をして、その日に教わった知識をノートに写します。そうして家に帰ったら練習帳にそれをまとめ、次の日の授業で発表します。そこでまた先生と対話をして理解を深め、その内容をノートに清書していきます。このノートのことを「エポックノート」と呼びますが、授業を通して自分で作ったこのエポックノートが、ある意味教科書のような役割を果たしていくのです。

忘れることで覚える

「東京賢治シュタイナー学校」のホームページには、エポック授業について以下のような記述があります。「授業内容は生徒の潜在意識に刻まれるため、終わったら一時的に忘れてもかまいません。それは、記憶が何度も思い出すことを通して強化されていくものだからです。知識は寝かせれば、その人の血肉になって消化されていきます。次の日にもう一度振り返りをして、前日に学んだことを意識に上らせると、より明確になっていくのです」
エポック授業の目的は、概念を理解することであって、細部を暗記することではありません。だから、この学校では細かい知識を試すようなテストを行いません。子どもたちは「聞く→対話する→理解する→まとめる→発表する→対話する」という流れで、教科の核心となる大切な部分をしっかり把握し、心に刻んでいくのです。

「木を見て森を見ず」とは、近くのことばかりを見て、全体の様子が見えていない状態をいう言葉です。細かな暗記やテクニックにこだわり、テストの点数を競わせるような教育は、まさに「木を見て森を見ず」ではないでしょうか。教わったことは忘れていい。その代わり大切な概念はしっかり身に付けてね、というシュタイナー教育。受験の競争などでは不利に働くかもしれませんが、人間性の根本を養うという意味では、非常に優れた教育だといえそうです。
次回はもう少し詳しく、シュタイナー教育の魅力について触れていきたいと思います。

(イラスト:中田晢夫)

  • プロフィール くらしの良品研究所スタッフ。18歳の子どもの父親。一般財団法人東京サドベリースクール評議員。

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