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「適疎(てきそ)」とは?

長引くコロナ禍で、私たちは常に「密を避けるように」注意喚起されています。とはいえ特に都市部では、よほど意識しなければ人との距離を保ちにくいのも現実です。そんな中、「コロナ禍をどう生きるか」といったテーマのテレビ番組の中で、「適疎(てきそ)」という言葉を聞きました。「過密」でもなく「過疎」でもなく、適度に疎ら(まばら)な状態を言うのだとか。コロナ禍でこの言葉が注目されるようになった意味を探ってみましょう。

ちょうどいい、すき具合

国語辞書や漢和辞書で探しても、「適疎」という言葉は見当たりません。でも、「疎」には「まばら、すき間がある、間をあけて通す」といった意味があるので、「適疎」は「適度にまばらで間があいていて、風が通る」状況だろうと想像できます。さらに「過密」「過疎」という言葉と並べてみると、「過密でも過疎でもない、ほどよい余白や間のある」状態が思い浮かびます。
新型コロナ以前から「適疎」という考え方を提唱してきたのは、コミュニティデザイナーの山崎亮さん。いまから十数年前、人口2,300人の島根県隠岐諸島の海士(あま)町で、島民たちと一緒になって島の魅力を掘り起こし、全国の地域おこし活動のモデルとなるプロジェクトを生み出した人です。都市部の過密さに疑問を抱いていた山崎さんが、「過密でも過疎でもない、適切に疎らである感覚」を言い当てる言葉として使ったのが「適疎」でした。

ベンリとリスク

なにをするにもどこへ行くにも便利で、にぎやかで、なんでも揃っていて、お金を出せば欲しいものがすぐに手に入る──大都市はこれまで、多くの人を引き付けてきました。でもそれは、密集・集約することで効率的に回していく大都市の仕組みがもたらした利便性。これまで都市の引力としてプラスに働いていたこうしたことが、かえって手かせ足かせになったのが、今回のコロナ禍です。
大都市の過密をリスクと感じたなら、人の行動が変わっていっても不思議はありません。テレワークが推奨されたこともあり、「毎日会社に行かなくても仕事ができるなら都市に住む必要はない」と考える人も増加。現に昨年7月以降、東京都区部からの人口流出が続いているといいます。そして実際に郊外や地方に移り住んだ人たちは、都市にはない快適さに気づいていく。そこに潜んでいるキーワードが、「適疎」といえそうです。

都市の不便

高い人口密度の上に成り立つ大都市の仕組みはたしかに便利で効率的ですが、ひとりの生活者として考えてみると、過密であるがゆえの我慢を強いられることも多いと気づきます。例えば満員電車で多くのエネルギーを消耗して会社にたどり着き、そこからやっと一日の仕事がスタートする。ランチにありつくために、1時間の昼休みを削って行列する。通勤時間帯の電車で座席を確保したいと思ったら、別料金を要求される。それまで「仕方ない」と思って受け入れていた多くのことが、もしかしたら、あたりまえではなかったのかもしれません。

「適疎」をめざす人口8千人の町

「適疎」という言葉は、地方再生のヒントとして取り上げられることが多いのですが、その成功例としてよく紹介される町があります。北海道の東川町。旭川市に隣接し、大雪山国立公園の麓に広がる自然豊かな町で、「写真の町」としても知られます。地方都市の多くが人口減少や商店の衰退に苦しむ中、東川町には道内だけでなく国内外からも定住者が増え、人口8千人の町に60以上の個性的なカフェや飲食店、ベーカリー、ショップ、工房などが点在。「Life(くらし)のなかにWork(しごと)を持つという自然なライフスタイルを大切にしている人も多く」、「それぞれの "小さな経済"が成り立ち、人々のライフスタイルと小さな経済が連鎖し、まちを活性化させる豊かな生態系が形成されている」といいます。そして、この町がめざしているのが「適疎」なのです。

「人としての居場所」がある

30年にわたる写真文化の積み重ねを踏まえて、2014年、東川町は「写真文化首都」宣言をしました。その宣言文には「未来に向かって均衡ある"適疎な"町づくりを目指し」と明記されていて、「宣言の趣旨」では「人として本来の居場所=適当に疎が存在する町」と「適疎」の定義づけもなされています。
「東川らしい暮らしというのは、"疎"があること、つまり間(ま)があること」「都市とは違うゆとりのある空間と時間、そして顔の見える仲間との関係性があることが、これからの暮らしの豊かさになる」という町長の言葉に、その思いが集約されていると言ってよいでしょう。

「適疎」を組み込んだ景観づくり

東川らしい住環境のモデルとして造られた分譲地、「グリーンヴィレッジ」にも、その思いを見て取れます。
入居希望者に配られる小冊子「東川風住宅設計指針」の中で、最初に出てくるのは、庭の植栽について。「敷地の20%以上は緑地化すること」「道路から見えやすい位置に2本以上の樹木を植えること」「道路境界から1m程度は緑地にすること」といった内容です。そして、こうした景観条例や町づくりの考え方に共感し自然豊かな環境を求める人たちが町に定住。それが町全体のゆとりにつながり、ひいては、個性的なお店の増加にもつながっているといいます。

コロナ禍で、大都市の危うさと地方の価値が浮き彫りになってきました。だからといって、誰もが「適疎」を求めて移動できるわけではありません。でも、「適疎」を「自分らしくいられるための時間と空間」ととらえたら、ひとりひとりの「適疎」を見つけることはできそうです。コロナ禍のステイホームで持ち物の整理をする人が増えているのも、日々の生活の中に「適疎」をつくり出そうとしているのかもしれません。
みなさんの日常に、「適疎」はありますか?

参考図書:
『東川スタイル 人口8000人のまちが共創する未来の価値基準』(産学社)
『東川町ものがたり』写真文化首都「写真の町」東川町編(新評論)
『コミュニティデザインの時代 自分たちで「まち」をつくる』山崎亮(中公新書)

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