研究テーマ

田舎で暮らす

自然の中でゆったりと暮らしたい──多くの人が一度は憧れることです。たいていの場合、「現実にはやっぱり無理」とあきらめてしまうものですが、中にはそんな暮らしを実践している人たちも。今回ご紹介するのは、熊本宇土半島の真ん中に位置する三角町で、若いアーティストやパーマカルチャーデザイナー、大工、料理人、家具職人、織物作家など様々な20人が集まって暮らす若者たちの集落、サイハテです。ここでは、食べるものも住むところも自分たちの手でつくり、限りなくエネルギーを使わない暮らしをしています。

その中心人物は、それまでデザイナーとして暮らしていた工藤真工さん。彼らは自分たちの暮らしぶりをSNSで発信し、工藤さん一人でも3000人近く、仲間全体では1万人を超えるフォロアーがいるのです。田舎での自給自足の暮らしに、多くの人が興味をもっていることのあらわれと言えるでしょう。この地で暮らし始めて3年。いまでは、そうした彼らの暮らしに憧れる人々が全国から訪れて、新しい仲間も増えつつあるといいます。

こうした活動は、いまに始まったことではありません。その源流は、アメリカでは1960年代のヒッピーや、1970年代のパーマカルチャリストたちがつくったエコビレッジなどにあります。

「パーマカルチャー」とは、「パーマネント=永久」と「アグリカルチャー=農業」を掛け合わせた造語。当コラムでも以前ご紹介したことがありますが、オーストラリアのビル・モリソン(1927年生まれ)が自然の仕組みを観察し、その仕組みにできるだけ沿った暮らし方を提唱したものです。この活動が始まったのは1950年代、そしてそれが体系化されたのは70年代のこと。日本はまだ高度成長のまっただ中です。しかし世界では、地球資源の枯渇が話題になり、成長には限界があるのだとも言われ始めていました。この頃から海外では、パーマカルチャーという生活体系の思想を具現化する小さなコミュニティーが生まれ始めていました。自然との調和を理念に掲げた、「エコビレッジ」と呼ばれるものです。

その中のひとつ、インドの東南の海岸に位置するオーロビル(1968年に建設開始)は、今では、世界中から来た1500人近くの人々が住む村にまで成長。持続可能な社会を追求し、エネルギー・食・経済の自立を目指し、独自の教育や医療・福祉のサービスも行っています。あらゆる宗教や人種を超えて、幸福とは何かを追求しているのです。それらは、いま私たちが生きている大きな世界の仕組みに対抗する小さな運動として、「グローバルを目指さない」経済が本当に可能かどうかという実験とも言えるでしょう。

こうした活動はやがて日本にも普及し始めます。90年代の終わりにはパーマカルチャージャパンが山梨県の藤野村に設立され、その周りに賛同する若者たちが住み始めました。以前、当コラム「無印電力」でご紹介した藤野電力を進めるグループも、そのひとつ。こうした活動も20年以上たち、今回ご紹介したサイハテのように、第二世代ともいうべき20代の若者たちのエコビレッジが生まれてきているのです。

サイハテが生まれて3年。いま新たに、家をつくるプロジェクトが進行しています。それは、土嚢(どのう)を積み上げてつくる、アースパッグという仕組みのセルフビルド建築。大きなカマクラのようなものですが、高い断熱性を持ち、夏は涼しく冬は暖かいのが特徴です。建設を始めてからすでに6ヶ月がたち、ボランティアで関わる都会の若者も数多くいるとか。そして、もともとミュージシャンでもあった彼らが行う音楽イベントにもたくさんの若者が訪れ、熱気にあふれています。

こうした小さな村がどこまで発展していくのか、またいつまで持続できるのかはわかりません。規模の問題もあるでしょう。子供が生まれても、また歳をとっても、このまま暮らし続けることができるのか、課題も多くあるでしょう。しかし最近では若い人だけでなく定年を迎えた新たな仲間も入ってきたと言います。また医療についても東洋医学やヒーリングなどを日常の暮らしに取り入れ健康で長生きできる暮らしにも取り組んでいるのだとか。彼らは、今の暮らしを楽しみ、日々の暮らしに必要なモノを自分たちでつくり続け、美しい村の建設に夢中です。食やエネルギーへの不安をなくすことで、ここに訪れる人たちのわずかな観光収入で十分に暮らしていけるといいます。大量生産・大量消費という社会の仕組みから外れた生き方は、世捨て人のように見えるかもしれません。しかし、かつてのそうした人々とは、環境が大きく違います。ネットで社会とつながり、孤立することなく、自分たちの思い通りの暮らしをだれからも邪魔されずに実現する。そんな彼らの壮大な実験が進んでいるのです。そして、そのことが多くの人から共感を得ているのも事実です。彼らのいきいきとした暮らしぶりを見ると、人間の豊かさとはなんだろうということをあらためて考えさせられます。

みなさんは、こうした田舎暮らしについて、どう思われますか? ご意見、ご感想をお寄せください。また、各地で田舎暮らしを始めている方々のご意見も、いただければ幸いです。

研究テーマ
生活雑貨

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