地球の内部を探る
私たちの足もとにある地面の奥深くに、巨大な生命圏が広がっている。ここ10年ほどの地球内部を探る研究でそんなことが分かってきました。宇宙や深海のこともまだよく分かりませんが、それ以上に解明が進まず、未知の部分を残しているのが地下の世界です。今回は地中のはるか奥深くに棲んでいる生命と、彼らが私たちとどのような関わりを持っているのかについてのお話です。
地上に匹敵する生命圏
地下にいる生き物と聞いてまず思い浮かぶのは、モグラでしょうか。ミミズやアリの仲間も地下の住人ですね。こういう目に触れる生物だけではなく、地中には無数の小さな微生物が存在しています。堆積する枯れ葉や動物の死骸が分解され、豊かな土壌に姿を変えていくのも、地中に棲んでいる微生物たちのおかげです。
このように、地表近くの土の中に生命が棲んでいることは昔から知られていました。しかし、地中の奥深く、1,000m、2,000mといった深い部分に生命がいるかどうかは、これまで解明されていませんでした。その謎に迫るべく、2009年に結成されたのが、「DCO(深部炭素観測)」と呼ばれる国際共同研究機関です。DCOの10年を超える調査で明らかになったのは、意外な地中世界の姿でした。なんとそこには、地上と同じか、それ以上の巨大な生命圏が存在していたのです。
探査船「ちきゅう」の活躍
地中深くのことを調べるには、ひたすら地面を掘り下げて、そこにある土や岩石を持ち帰ってくる必要があります。そこで活躍しているのが、日本の「JAMSTEC(海洋研究開発機構)」が2000年代初頭に開発した地球深部探査船「ちきゅう」です。
DCOの創設当初から関わってきたJAMSTECの研究チームは、2012年にこの「ちきゅう」を使って青森県の下北半島八戸沖約80㎞の海底を調査しました。当時、科学調査掘削で世界最深記録を更新したこの調査では、水深1.180mの海底から掘り進み、2,466mの深くまで掘削してサンプルを持ち帰ることに成功しました。注目すべきはその調査結果で、石炭を含む地層の中におびただしい数の微生物が生息していることを確認したのです。もともと地中の奥深くは生命にとって過酷すぎる環境のため、生物が生きていくのは難しいだろうと考えられていました。ところが、地下2,000mを超える深い地中にまで微生物が存在し、豊かな生命圏を形成していたのです。
独自の進化を遂げた微生物
DCOの研究で明らかになった地下に広がる生命圏。その領域の大きさは23億立方kmにおよび、海洋の体積の約2倍といわれています。そしてこの中に、地球全体の微生物の約70%が存在しているとのこと。陸・海に続く"第三の生命圏"がこの地球にあったというのは、まさに驚くべき発見でしょう。
さらに興味深いのは、これらの微生物が地中で独自の進化を遂げてきたということ。光も空気も栄養分もない、高温・高圧の過酷な環境に適応し、岩石をエネルギー源としたり、メタンや硫酸からエネルギーを得たりするなど、従来の常識では考えられないやり方で生命を維持している微生物が見つかったのです。独自の進化を遂げた微生物を調べることで、地球になぜ生命が誕生したのか、地球外の星にも生命は存在するのか、といった謎が解明されるのではないかと期待されています。
温暖化解決への期待
DCOの研究がもうひとつ明らかにしたのは、この地球には壮大なスケールの「炭素循環」のシステムがあるということでした。動物や植物に含まれる炭素は、その死骸の堆積した地層ごと、プレートの沈み込みによって地下深くに潜っていきます。やがて長い時を経て、これらの炭素は岩石や火山ガスの中の二酸化炭素となり、地表に戻ってきます。地球はまるで呼吸をするように、炭素を取り込んだり排出したりしてバランスを保っていたのです。そして、自然がつくりだしたこの巧妙な炭素循環を崩してしまったのが人間です。私たち人類は、地球が長い間かけて地下に閉じ込めてきた炭素を、石油や石炭、天然ガスなどを掘削することで地上に放出し、温暖化を招いてしまいました。
しかし一方で、DCOの研究は、私たちに希望の光も見せてくれています。自然界には「炭素を隔離する強力な仕組み」があり、それを活用すれば温暖化を防げるかもしれないというのです。たとえば「サマルイ・オフィオライト」という岩石は、岩石中の微生物の働きで空気中の二酸化炭素を取り込む力があるとか。また、火山などで見つかる玄武岩にも炭素を隔離する力があり、二酸化炭素を貯留するための吸収源として注目されています。
「地球は生きている」という言葉を使うとき、私たちは多くの場合、緑に覆われた大地や青々とした海を思い浮かべます。でも実のところ、人目に触れない地中の奥深くに潜む微生物たちも縁の下の力持ちとなり、持続可能な自然の営みを支えてくれていたのです
地球深部の探査はまだ始まったばかりです。今後この分野の研究がさらに進めば、科学の常識を覆すような驚きの発見がまたあるかもしれません。