研究テーマ

楽ちんな居場所

人にはそれぞれ個性があります。何事もきっちりやる人がいれば、少々ルーズな人もいます。感じやすい人がいれば、鈍感な人もいます。多様性があるのはいいことですが、その多様性の振れ幅が人よりちょっと大きいと、"和を重んじる"この国では集団からはみだして、居場所を失いやすくなります。今回はさまざまな事由により、社会の規格に収まりきらなくなった人たちが、安心して過ごせる"楽ちんな居場所"にフォーカスしてみました。

楽ちん堂カフェ

東京都の世田谷区、多摩川の河川敷からちょっと入ったところにその居場所はありました。名前は「楽ちん堂カフェ」。カフェといっても、きちんとしたメニューがあるわけではありません。月3,000円の会費を払えば、日中はいくらでも居られ、飲み食いをしても原則お金はかかりません。このカフェを営んでいるのは、「NPO法人ら・ら・ら」代表の森田清子さん。「こんな料金体系で大丈夫なのですか」と聞くと、「大丈夫じゃないわよ。たいへんなのよ」と満面の笑みで答えてくれました。
もともとこの場所は、演出家だった夫の森田雄三さんと俳優のイッセー尾形さんが芝居を作るための稽古場で、清子さんはマネージャー兼プロデューサーとして、すべての作品に関わっていたそうです。2012年に尾形さんが独立した後、この場所の使い方を考えていたご夫妻は、稽古場兼自宅だったこの家を改装して、「誰でも受け入れる」居場所にすることを思い立ちます。そうして生まれたのが、24時間いつでも誰でも利用できる「楽ちん堂カフェ」でした。

せめてしゅういち

楽ちん堂カフェには、いろんな人が集まってきます。その中には「じじばば組」と呼ばれるお年寄りたちも。というのも、このカフェが東京都の「高齢者職域開拓モデル事業」の認定を受けたことがあるからです。都の公益財団法人から「60歳以上を雇用するモデル事業計画」の募集があることを知った清子さんは「これだ!」と思い、さっそく応募。みごとモデル事業に選定され、高齢者就労プロジェクト「せめてしゅういち」がスタートしました。「せめて週に一回ぐらいは集まろう」というのが名前の由来。このモデル事業をきっかけに集まってきた"じじ"や"ばば"たちが、カフェのキッチンで料理の腕を振るったり、経理を手伝ったりと、自らのスキルを活かして店の運営に携わっています。

母ちゃん隊との出会い

放課後等デイサービスなど、障がいのある子の受け入れも始めた楽ちん堂カフェを、突如不幸が見舞います。夫の雄三さんが脳溢血を起こし、18年10月に帰らぬ人となってしまったのです。ひとり取り残され、意気消沈してしまった清子さん。そこに一組の親子が現れます。不登校の息子さんとそのお母さんでした。聞けば、台風19号で多摩川が氾濫し、自宅が水浸しになったとか。6畳一間に家族全員で寝ていたら、息子が嫌がったので、ここに泊まりにきたと。清子さんはその母子に、しばらく楽ちん堂で過ごしたらと伝えるとともに、「学校に行けない子は、みんなここに来たらいいわよ」と提案しました。それがきっかけとなり、不登校や発達障がいなどが理由で居場所が見つからない子やその親が、次々と集まるようになってきたのです。
いま、楽ちん堂カフェは、「多様な学びプロジェクトatせたがや」という不登校の子を持つ親たちの活動拠点となっています。そして、母親たちは「母ちゃん隊」を結成し、お掃除や料理、経理など、らくちん堂の事業を手伝うとともに、資金面で支えるために、お弁当のケータリング事業のサポートも始めました。20年1月にはクラウドファンディングを行い、200万円近い運転資金も集めています。

いつも何かが起きる場所

森田清子さん

高齢者や障がいのある大人たち、不登校やホームスクーラーの親子など、ここには年齢や性別、国籍を超えていろんな個性の人が集まってきます。みんなから女将と呼ばれ、親しまれている清子さんのモットーは、来る者は拒まず。「最近、古物商のおじいちゃんが住み着いちゃってたいへんなの。トラックでいろんなものを持ち込んできちゃうんだもの」と、小言をいう顔は、楽しそうにほころんでいます。
楽ちん堂カフェに出入りする人を見ていると、誰が客で誰がスタッフなのか、区別がつかなくなってきます。普通は対価として金銭を支払い、サービスを受けるもの。でも、そんな世の常識はここでは通用しません。みんな楽ちん堂の台所事情が火の車なのを知っていて、大好きなこの場所がなくなると困るから、「自分が手伝ってこの場を支えなくちゃ」、そんな気持ちが自然に湧いてくるのです。なぜ働くのか、なぜ人と関わるのか、そんな根源的な問いかけが自然と生まれてくる場でもあるのです。
「いつも何かが起きている。ここって演劇空間みたいでしょ」と、かつて舞台女優だった清子さんはしみじみと語ります。「ここにいると、もう演劇の本なんてつまらなくて読めないわよ。だってここで起きることは作家ひとりの想像をはるかに超えてるんですもの」

多様な人々が自由に出入りをし、助けあい、ときには衝突し、声をあげて笑いあう。互いの個性を認めながら、補いながら、"ゆるり"とつながっていられる居場所。何からなにまで横並びで、キッチリしていることを求められる日本の社会には、こんなおおらかな居場所がもっともっと必要なのかもしれません。

[関連サイト]楽ちん堂カフェ ホームページ

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