研究テーマ

ひと粒のどんぐりから

木の実が落ちる秋、森に棲む野生のリスは、冬の間の保存食として、どんぐりの実を集めたり埋めたりするのに大忙しだといいます。そして春になると、食べ残されたり忘れられたりしたどんぐりの一部が発芽し、やがて苗となり、樹となり、次世代の森をつくっていく。自然の森はさまざまな生きものが関わり合いながら、こんなふうに循環しているんですね。人間が緑地や森をつくる場合は「植林」。苗木を買って植えるのがふつうですが、明治神宮の森では、どんぐりの実から苗木を育てていると聞きました。今回は、その活動をご紹介しましょう。

若者たちのチカラ

以前、当コラム『人がつくった大都市の森』でもご紹介したように、明治神宮の森は、100年先、さらにその先を見据えて、人の手でつくられた「永遠の森(持続可能な森)」です。全国から約10万本の献木があり、延べ11万人の若者たちのボランティアによって植林されました。
今年で鎮座100年を迎える明治神宮ですが、20年前の鎮座80年には「代々木の杜(もり)80フォーラム」を開催。各界の識者が一堂に会し、「代々木の杜づくり」の精神を次世代へ引き継ぐ重要性が語られたといいます。その時のシンポジウムで感銘を受けた学生たちが立ち上げたのが、「ユースクラブ 響」。今回ご紹介する「NPO法人 響」の前身です。現在は「神宮の森が好き」という人の市民参画型の集まりになり、年齢層もさまざま。正会員のほか、カレッジ会員、アクティブ会員、ファンクラブなど、多様なメンバーによって構成されています。

森が教えてくれること

「どんぐりの活動」の内容は、明治神宮の苑内でどんぐりを拾い集め、芽吹いた苗を育て、自然への思いを苗木に託して、賛同する人や場に無料で提供すること。いま現在も約9,000個のポットを育てています。
どんぐりが芽吹いてから育つ速度は1年で約10cm程度。ゆっくりした生長に合わせて行う日々のメンテナンスは、効率やスピードを追い求める「生産効率」とは真逆なものです。でも、そうした作業を通して、「地球の中で命が循環していることを知り、自然の一部としての自分を再認識できる」と語るのは、響の理事であり事務局長でもある井梅江美さん。そして、「明治神宮の森に足しげく通うことによって、たくさんのことを学べる」と言います。

どんぐりの里親

とはいえ、たとえ気持ちがあっても、イベントや実作業に参加できる人ばかりではありません。そんな人のために設けられているのが「どんぐり苗の里親」制度。家に苗のポットを持ち帰って育てることで、森づくりの一翼を担い、自然を身近に感じ、育むことの難しさ、自然の大切さを見直してもらおうというものです。
四季折々に開催されるイベントでは、「たったひと粒のどんぐりが、森づくりの源になる」ことを伝えながら、多いときは年に約800本の苗を手渡し。自然にふれることの少ない都会だからこそ、身近で「いのちを育てる」意味は大きいといえるでしょう。
「子どもの教育のために」と里親になる人もあるようで、そんな人の苗木は、のちに幹も太く立派に育って戻ってくるのだとか。「どんぐりを育てることで子どもの意識が変わった」という人も。もちろん、相手は生きものですから、一所懸命に育てても枯らしてしまうことだってあるでしょう。でも、枯れた苗木を見ることも、命あるものへの気づき。自然の循環に気づいてもらうだけでも意義がある、と井梅さんは考えています。

明治神宮の森からの、恩返し

明治神宮の苑内で育てられた苗木は、必ず外で植林されます。それは、「100年前に10万本の献木で生まれた明治神宮の森からの恩返し」。
「明治神宮の森でいろいろな人が関わって育てられた種が、国土に植林されます。この恩返し活動を続けていく中で、さまざまな想いの方々に出会いました。例えば、針葉樹林を間伐し明治神宮の森のように健全な森にしたいとか、過疎地を活性化するために明治神宮のように市民参画型にしたいとか、当時植林に携わった祖父の証を庭に植えたいとか、過去の精神を忘れず自然を後世につなぐためのシンボルツリーにしたいなど。植林という行為でつながったご縁によって、明治神宮の森に対する想いや、未来への希望、チャレンジ精神で社会課題に取り組む想いを聞いてきました。すべての社会問題は人が起こしている問題なので、私たち会員が東京に居ながらも地方の現実を知ること、距離を超えてつながることで、ささやかながら明治神宮の森からの地方貢献の形も出来上がってきました。」と井梅さん。
遠く万葉の時代から、日本人は「一木一草の中に神が宿る」という自然崇拝の感覚をもって生きてきました。それは、自然と対峙して「自然は征服するべきもの」としてきた西欧的な自然観と異なり、自然を受け容れ共生する自然観の基とも言えるもの。「樹木を、単に "自然資源"と捉えるのか、それとも一木一草の中に神が宿るという"自然信仰"として捉えるかで、物事の見え方は違ってくる」「森づくりは未来づくり。明治神宮の森のように"未来をつくる"という大きな夢や希望に、どれだけシンパシーを感じてもらえるか」─という井梅さんの言葉に、私たちの価値観、世界観が問われているような気がします。

100年前、全国各地から集まった10万本の献木で出来た明治神宮の森。その森で育ったどんぐりが、人の手によって苗木に育てられ、また全国各地に散らばっていき、次世代の森をつくる。なんだか、壮大なロマンを見せられているような気がしませんか?

明治神宮の森では採取や一木一草の持ち出しを禁止していますが、「NPO法人 響」は特別の許可を得てこの活動を行っています。
さまざまな人の"自然"への思いがつながり、時代を超えて受けつがれていくように、会では「代々木の杜 どんぐり基金」を立ち上げ、寄附も募っています。

※写真提供:NPO法人 響
※関連サイト:NPO法人 響 どんぐりの活動

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