研究テーマ

秋は菊

九月九日は「菊の節句」です。と言われても、ピンとこない方が多いかもしれません。それもそのはず、菊の節句の9月9日は旧暦の話であって、新暦でいけば今年は10月25日。実際に菊の香りが漂うようになるのは、もう少し季節が進み空気が澄んできてからですから、実感が湧かないのも当然でしょう。とはいえ、季節的なズレだけでなく、「菊の節句」は他の節句のようにポピュラーでないのも事実。今回は、現代人にとってややなじみの薄い「菊の節句(重陽の節句)」や菊の花についてご紹介します。

奇数の重なる日

「菊の節句」の前に、まずは「五節句」の話から始めましょう。一年の中で五つの重要な節句を五節句と呼びますが、その日にちを並べてみると、人日(じんじつ/1月7日)、上巳(じょうし/3月3日)、端午(たんご/5月5日)、七夕(たなばた/7月7日)、重陽(ちょうよう/9月9日)と奇数の数字が重なっていることに気づきます。
中国の陰陽思想では、奇数を「陽」、偶数を「陰」としていて、「陽」は生命が激しく燃え上がるエネルギーの高揚した状態。ただ、「陽極まれば陰に転ず」といわれるように、あまりにもエネルギーが高まることはかえって危険で災難を招くと考えられました。つまり、奇数と奇数が重なる「注意が必要な日」に、邪気をはらう目的で始まったのが「節句」というわけです。

九は陽の最大数

では、菊の節句には、どんな意味があるのでしょう? 「九」は、ひと桁の陽数(奇数)の中でも最大の数字。その九が重なる日であることから「重陽」と呼ばれますが、それだけ「要注意」の度合いも高く、邪気をはらう行事として節句が行なわれていました。
不老長寿を象徴する菊は、漢方の生薬としても知られるように、もともと薬用植物。そして、旧暦ならちょうど9月の頃に花開く旬の植物。そんな菊から、生命力をもらい邪気をはらおうとしたのは、ごく自然の成り行きだったのでしょう。日本でも平安時代の宮中では、菊の花を飾ったり、菊酒を酌み交わしたりして詩歌を詠む菊の宴が催されていたとか。また菊の節句の前夜、花に綿をかぶせて夜露・朝露を帯びさせ、節句の当日、その露を含んだ真綿で身体をぬぐい不老長寿を願う「着せ綿」といった雅な習慣もあったようです。

ハードな仕事に備えて

ひと桁の奇数が重なる日を節句としたのは中国の陰陽思想に由来するものですが、農耕民族である日本では、稲作の労働スケジュールに沿って節句の行事が組み込まれていきました。一月は農耕を開始する季節。三月三日は田の苗づくりなど、稲作が本格的に始まるとき。五月五日は草取りの時期で、七月七日になるといよいよ最後の草取りをして稲の取り入れ準備。そして菊の節句の旧暦9月9日のころは、本格的な稲の収穫期に入る。「そういう農耕の重労働に節句を持ってきたのは、まず体力をつけることを第一の目的としている」と考古学者であり民俗学者であった樋口清之さんは説明しています。菊の節句で言えば、鉄分が多く強壮・造血作用があるとされる菊の花を煎じて飲むことで、体力だけでなく精神的な英気をも養い重労働に備えたのでしょう。実際、「日本食品標準成分表(四訂)」によれば、菊の花の鉄分は、カリフラワーや日本カボチャより多く、ビタミンCはトマトやアスパラガスより多く、昔の人の知恵に驚かされます。

菊はエディブルフラワー

中国では、菊の花を生薬として2000年以上も栽培してきました。その一方で、菊の花は昔からのエディブルフラワー。薬用だけでなく、料理に、お茶に、お酒にと使われています。
北京生まれの食養生研究家、パン ウエイさんによれば、夏の余熱が体内に残って不調を引き起こす秋に食べてほしいのは、「殺菌作用があり、炎症を抑え粘膜を強くする黄色い食べもの」。中でも「特におすすめなのは菊の花」で、「お茶で飲んだり、漬物、煮物、和え物にしたり、さまざまな料理に使ってみて」と勧めています。「菊の花」で検索してみると、定番の酢の物や和え物だけでなく、サラダに混ぜたり、スープ、鍋料理、炒め物、天ぷら、おにぎりなどなどたくさんのレシピが。本格的な秋を迎えるこれから、旬の食材のひとつに菊の花を加えると、おいしい世界が広がりそうですね。

菊花茶でリラックス

風邪の初期症状や目の疲れ、充血などにも効果があるといわれる菊花茶は、花だけを抽出するお茶。乾燥させた花にお湯を注げば花開いていく様子が眺められ、抽出中も楽しめるのが魅力です。それを見たくて、透明の茶器を使う人も多いとか。菊の清々しい香りとほのかな甘みが気持ちをリラックスさせてくれて、ハーブティーのような感じで楽しめます。
日本で菊花茶は中国茶のお店や漢方薬店などで手に入りますが、食用菊を使って自分でつくるという方法も。菊の花を電子レンジで乾燥させ、耐熱性のピッチャーに入れて熱湯を注ぎ、5分程度蒸らすだけ。薬用菊のはたらきには及びませんが、香りが良く、気分がスッキリし、目やのどの腫れ、ほてりなどによいとされています。

自然災害の多発と新型コロナウィルスの蔓延。安全安心があたりまえと思ってきた暮らしの足もとが、いま揺らいでいます。考えてみれば、常にそうした脅威と向き合いながら生きていたのが先人たち。恐れだけでなく、自然を含めた大いなるものへの畏れを抱きつつ、知恵を出して乗り越えてきたのでしょう。
年中行事の中には、そうした現実的な知恵が潜んでいるような気もします。それらの「意味」を読み解こうとすることで、これまで気づかなかった何かが見えてくるかもしれません。

*参考図書
『梅干しと日本刀─日本人の知恵と独創の歴史─』 樋口清之(祥伝社黄金文庫)
『げんきときれいをつくる五味五色』 パン ウエイ(日経ビジネス人文庫)

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