研究テーマ

グリーンインフラ

東京の街を歩くと、ここかしこで工事中や建設中の標識を見ることが多くなりました。来年の東京オリンピックを目前にして、道路やビルなどのインフラ整備が急ピッチで進められているのです。さて、今回ご紹介するのは、インフラはインフラでもグリーンインフラ。コンクリートによる人工構造物に代表される従来型の社会基盤(グレーインフラ)に対して、植物や土壌がもつ「緑の力」を活用して、持続可能な国土づくり、地域づくりを進めようというものです。

グリーンインフラとは

たとえば樹木や土のもつ保水力を活用して、雨水を溜めたり浸みこませたり、流れ出るのを抑えたり、地下水を涵養したりすることで、洪水対策に。グリーンインフラとは、自然の仕組みや生態系の多様なはたらきを引き出して地域課題に対応していくことで、それを社会基盤として機能させようとする考え方です。グレーインフラの補足・代替え手段として用いることで、地域の魅力向上や活性化、生物多様性の保全、防災・減災効果などを得られると言われます。
その背景にあるのは、資源・エネルギーの枯渇、高齢化や過疎化による土地利用の変化、気候変動にともなう災害リスクの増加、地域経済の停滞など。さまざまな社会的課題への対応策として注目され、期待が高まっているのです。

昔からあったグリーンインフラ

こう書くと、現代社会の課題や危機感から生まれた新しい考え方と思われがちですが、実は日本ではとっくの昔からグリーンインフラが実践されてきました。
たとえば、山間地の棚田。日本の稲作はもともと中山間地の水田が主流で、「地辷り(じすべり)地」や「土石流跡地」に棚田が拓かれたといいます。重機もなにもなかった時代、そんな土地の方がむしろ田んぼをつくりやすかったのだとか。こうした棚田が、米作り以外にも保水・洪水調整・地辷り防止などの重要な役割を担ってきました。「水田は治水と利水の多目的ダム」と言われるのも、そんな理由から。環境論のバイブルといわれる「水と緑と土」の著者、富山和子さんは、「水田がつぶされればそれだけ洪水が増え、水資源が失われます」と警告を発しています。火山国、地震国の日本で、「日本人はその崩れやすい国土と向き合い、米作りを通して自然との付き合い方を学んできた」のです。

生物多様性を支えるグリーンインフラ

水田はまた、多様な生命の生態系を受け容れ育む揺りかごでもありました。水場にはタガメやゲンゴロウなどの水生昆虫が生息し、それを食べる魚や蛙、それを食べる蛇、それを狙う鳥たちなど、さまざまな生きものの連鎖が生まれます。「生物多様性の保持」の意味でも、棚田は身近なグリーンインフラそのもの。でも、私たちはそれを守るという大変な役割を、長い間、農家の人たちだけに負わせてきました。農村地帯の高齢化、過疎化が進み、耕作放棄地が増えていくなかで、1970年の生産調整をきっかけに棚田の半分は失われたと推測する人も。それはつまり、身近なグリーンインフラが足元から崩れていったということ。昨今の豪雨による甚大な被害は、異常気象だけが原因ではなく、グリーンインフラがインフラとして機能しなくなった結果と言えるのかもしれません。

ふるさとの木による、ふるさとの森

横浜国立大学名誉教授の宮脇昭さんは、"4千万本の木を植えた男"として知られる植物生態学者です。その宮脇さんが力説するのは、「その土地本来の森であれば、火事にも地震にも台風にも耐えて生き延び」「災害対策に際して森が重要な機能を果たす」ということ。「その土地本来の森」とは、「鎮守の森に代表される、ふるさとの木によるふるさとの森」。第二次大戦以前には日本全体で15万以上の鎮守の森があったといいますが、今ではその数が激減していて、「自然災害が大きな被害をもたらす結果となった」と言います。
もちろん、人類の歴史を振り返れば、開発は今に始まったことではありません。でも、「私たちの祖先はその際に、皆殺しはしなかった」と宮脇さん。「自然には、ヒトの顔でいえば頬っぺたのように触ってもいいところと、指一本触れても駄目になる目のようにきわめて弱い部分がある」そうで、「我々の祖先は、開発に際していわゆる目の中に指を入れなかった。すなわち弱い自然を残してきた」のだとか。そして「弱い自然を象徴している場所に祠(ほこら)をつくり、この森を切ったら罰が当たる、この水源地にごみを捨てたら罰が当たるという宗教的な祟り(たたり)意識をうまく使って、土地本来の弱い自然を残してきたのではないか」と宮脇さんは言います。自然へのそうした配慮を、私たち現代人は忘れてしまっているかもしれません。

街を守る「世田谷ダム」

日常生活のなかで、ひとりひとりができるグリーンインフラもあります。他の自治体に先んじてグリーンインフラを重要戦略に位置付けた東京都世田谷区では、市民参加型のグリーンインフラを推進。「みんなでつくろう世田谷ダム」という呼びかけのもと、雨水タンクの普及を図り、植栽やプランターなどを置くことを推奨しています。雨水を蓄える力を区民みんなで積み上げて、大雨から街を守ろうという計画です。
また区民など約700名で植樹した二子玉川公園いのちの森では、わずか6年で5~6mを超える大きな樹に。市民参加型のグリーンインフラを推進することが、人をつなぎ、育て、コミュニティの回復にもつながっているといいます。

広島や岡山などで甚大な被害が出た西日本豪雨は、去年のちょうど今ごろのことでした。科学技術がこれだけ進んでも、自然の猛威の前ではあっけなく崩されてしまう私たちの暮らし。グリーンインフラの重要性について、あらためて考えてみませんか。

*参考図書:『鎮守の森』宮脇昭(新潮文庫)/『水と緑と土』富山和子(中公新書)

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