研究テーマ

逆開発 ─戻すことで見えてくるもの─

「駅前の開発、再開発」ときくと、みなさんはどんな風景を想像されますか?多くの人が思い描くイメージは、目新しい商業施設などができて賑やかになる、といったものではないでしょうか。しかし今回ご紹介するのは、開発は開発でも「逆開発」。駅前のアスファルトをはがし、自然の姿に戻していこうという取り組みです。常識の逆をいくユニークな発想の背景には、自然と共存することで地域の未来を見据えていこうとする真摯な想いがありました。

開発の果てに

その逆開発に取り組んでいる駅は、千葉県を走るローカル線、小湊鐵道の養老渓谷駅。先日のコラム、「身近な自然と人をつなぐ」でご紹介した里山トロッコ列車の終点です。周辺の渓谷や温泉地などの玄関口として戦後から開発が進められ、高度成長期には温泉旅館や飲食店、土産物屋が立ち並び、駅前はバスやタクシーが乗り付けられるように舗装されました。しかし、経済成長の終わりとともに、商店街も櫛の歯が抜けるように閉店。バブル崩壊後は駅前から人影が減り、アスファルトとコンクリートの殺伐とした風景が残ったといいます。

駅のつづきに自然

話だけ聞くと、何もないさびれた観光地に思えるかもしれません。しかしここには、駅前のロータリーを抜けて5分も歩けば豊かな自然があります。渓谷へと向かう遊歩道があり、房総第一の川・養老川に架かる橋へとつながっていく絶好のロケーション。「ある」ものの価値に気づくと、駅と自然との間をアスファルトが遮断していたことにも気づきます。「遮るものを省いていけば、そこにあるものが伝わるのではないか」─そんな考えから、アスファルトを撤去することになりました。そしてその跡には、もともとこの地域にあった樹木や草花を植えていき、地域の自然をそのまま駅舎までつなげていこうという計画です。

自然の森に戻す

昨年(2017年)3月、養老渓谷駅の駅前ロータリーにショベルカーが入りました。大勢の人が見守るなか、アスファルトが剥がされ、土が姿をあらわしてきます。その土地をならし、樹や花を植えていくのは、小湊鐵道の社員や地域の里山を取り戻そうと立ち上がった「南市原里山連合」の人たち。かつて杉を植えて里山を壊してしまったという反省から、その地に昔から生えていた在来の広葉樹や落葉樹を植え、花の種をまき、約2000m²の駅前広場の敷地を10年がかりで雑木が茂る自然の森に戻していこうというのです。使い古した枕木を敷いたウッドデッキや枕木を積み上げたベンチも設置され、駅舎の前にあったバスロータリーは20m離れた県道沿いに移されました。

あるものを活かす

利便性を犠牲にしての逆開発には、当初、批判の声もあったといいます。サービスの低下に結びつき、人が遠ざかるのではないかと懸念されたからです。しかし、「利便性ばかりを追求した開発が、地域の魅力をおおい隠してしまったのではないか」と、小湊鐵道社長の石川晋平さんは語ります。「温暖で海の幸にも山の幸にも恵まれていた千葉は、縄文時代にはもっとも人口が多かった土地。元々いいものがたくさんあるのに、余計なものを付け加え過ぎていた」とも。そして、無いもの足すという考え方から、そこに元々あるものを活かし、それを遮るものを間引いていくという方向に大きく舵を切ったのです。

自然と隣り合わせ

養老渓谷駅に降り立ってみると、どこか懐かしい風が吹いていました。まだ始まったばかりで、森と呼べるほどではありませんが、人をやさしく包み込んでくれるような安心感とでも言えばいいのでしょうか。ていねいに植えられた樹木、その足元には季節の草花、駅舎の並びにある地場産品の販売所には地元の野菜や農家手づくりの梅干し、唐辛子味噌、栗おこわ、草餅などなど。その隣には養老渓谷温泉の湯を引いた「足湯」があり、足を浸してくつろいでいるうちに気持ちよくなってそのまま昼寝する人の姿もありました。
ロータリーの一画には「逆開発はじめました。」と書かれた大きなボード。「10年後、ここ養老渓谷駅前は雑木が茂る森になります」と宣言しながら、「自然との共存なしにこれからの生活は成り立つのでしょうか?」と問いかけています。

本当の意味での開発

養老渓谷駅近くにある曹洞宗、宝林寺住職の千葉公慈さんによれば、「開発という言葉は禅の『かいほつ』から来る仏教用語で、自分の潜在力に気づき良い方向に向けて実行していくこと」を言うのだそうです。持てるものを伸ばしていくのが開発だとすれば、ここ養老渓谷駅でやっていることは、本来の意味での開発と言えるでしょう。里山を案内するためにトロッコ列車を走らせ、自然に戻すために駅前の逆開発もする。社長の石川さんが「里人とレール屋の里山おこし」と表現するこうした一連の活動は、環境デザインの視点からも高く評価され、2017年度グッドデザイン賞(主催:公益財団法人日本デザイン振興会)を受賞しました。

「里人と里山から学んだことは、"加える"のではなく"省く"こと、"分ける"のではなく"分けない"こと」と石川さんは語ります。何かを加えることを「豊かさ」として追い求めてきた現代の私たちは、そのせいで、ものの本質を見失いかけているのかもしれません。削ぎ落とすことによって、見えてくるものがある。小湊鐵道の逆開発は、「何が大切か」「何を大切にしたいのか」を私たちに問いかけているようです。

小湊鐵道株式会社 公式ホームページ

研究テーマ
生活雑貨

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