研究テーマ

現代の遊牧民たち

「ノマド(nomad)」という言葉をご存じですか。もともとは定住をせずに、牧畜などを行いながら居住地を変えていく「遊牧民」を指す言葉でした。でも、最近は特定のオフィスを持たず、カフェやシェアオフィスなどを使って仕事をする人たちの呼び名として使われるようになってきました。今回は、無線LANやノートPCなどのモバイル環境が生みだした現代の遊牧民、「ノマドワーカー」について考えてみます。

変わるカフェ

ひと昔前、街の喫茶店といえば、たいていが4人掛けのボックス席でした。それが日本にシアトルコーヒーのチェーンが入ってきた頃から、2人掛けの対面席が主流になり、さらにここ数年でまた大きな変化が起きています。窓際のカウンターや店の中央に大きなテーブルを配し、個別の席を設ける店が増えてきたのです。店内では無線LANが使え、パソコンやスマホの充電用コンセントも配備されています。これは明らかに街中で働く「ノマドワーカー」を意識したものであり、それだけ需要が高まってきたという証拠でしょう。いまや平日のカフェは人でいっぱいで、ノートパソコンを広げてタイピングしたり、スマホやタブレットを見て過ごしたりする個人客が目立つようになってきました。

共用のオフィス空間

「シェアオフィス」と呼ばれる共用オフィス空間も増えてきました。ほとんどの場合が会員制になっていて、月々の会費を払うとビルの一角にあるオフィス空間が使えるようになります。席は固定されない「フリーアドレス」式で、空いている席を使って仕事をしますが、会員の種別によっては個室やブースを借りられるところもあります。賃貸と違って敷金や礼金がかからず、家賃に比べれば会費も安いので、起業家やフリーランスに人気があるようです。
似たようなものに「コワーキングスペース」があります。システムはシェアオフィスに似ていますが、こちらはランチイベントや交流会が開かれるなど、利用者同士の交流に力点が置かれているところが特徴だとか。アメリカ西海岸のサンフランシスコが発信地らしく、多様なバックグラウンドを持つ人が同じ場所に集い、コミュニティを形成することで、互いの事業を発展させようとする狙いがあるようです。

真のノマドワーカーとは

「ノマドというのは単なる『場所にとらわれない働き方』ではない」と主張するのは、自らノマドワーカーを名乗り、「ノマドライフ」という本も書いている本田直之さんです。ノマドとは「単なるテクニックや新しい働き方にとどまらず、仕事や住む場所、生活、趣味などを含めたライフスタイル全般の話」だというのです。本田さんご自身は、ハワイと東京に拠点を持ち、2カ所を行き来するデュアルライフを実践しているとか。仕事は「ベンチャー企業に出資して、経営に関わることでビジネスを伸ばしていくこと」をメインとしていますが、他にも大学で講師をしたり、ワインスクールで授業をしたり、本の執筆や、魅力的な人物がいればプロデュースをし、書き手としてのデビューをサポートするということも仕事にしています。
本田さんの面白いのは、自分の趣味も仕事にしてしまっていること。ハワイにいるときはサーフィンやトライアスロンのトレーニングをしているそうですが、その経験を活かしてトライアスロンのお店を代官山で共同経営したり、ハワイに本店があるレストラン・カフェを展開する企業の役員をやったり、さまざまな仕事に関わりながら世界中を渡り歩いて暮らしています。

旧来型スタンダードからの脱出

本田さんの本に再三出てくる言葉があります。それは「旧来型のスタンダード」というもの。大学を出て、会社に入って、家庭を持って、マイカーやマイホームを購入する。このような"欲しいモノ"に囲まれて定住する旧来型の生き方は、不自由であるうえに、リスキーだといいます。AIやロボットが進化し、職業が次々と奪われていく時代。万一、勤めている企業が倒産してしまったらどうするのでしょう。今はかつての日本のように、ゆるぎない一枚岩の価値観が支配する時代ではありません。多様化し、流動化する時代においては、何があっても対応できるしなやかな生き方が求められるのかもしれません。
「縛られることのないノマドライフを選択することは、"会社に飼われるヒツジ"から"ヒツジを飼う遊牧民"に変化するということ」。モノを持ちすぎず、組織に縛られず、住む場所にもこだわらない、身軽で自由な「ノマドライフ」は、これからの世の中にマッチした生き方なのかもしれません。

もちろん誰もがすぐに「ノマドワーカー」になれるわけもなく、また、なる必要もありません。ここで言えるのは、モバイル機器やネットの普及で、これまで不可能だった自由な生き方ができるようになってきたということ。映画「男はつらいよ」の主人公フーテンの寅さんのような生き方が、ようやく市民権を得られるようになってきたのです。
いまの子どもたちが大人になる頃には、もっと世の中は自由になっているでしょう。これからを生きる世代にとって、「ノマドワーカー」は人生の一つの選択肢になるのかもしれません。

参考図書:「ノマドライフ 好きな場所に住んで自由に働くために、やっておくべきこと」(本田直之/朝日新聞出版)

研究テーマ
生活雑貨