研究テーマ

腸を幸せにする

昔から「断腸の思い」「腸(はらわた)が煮えくりかえる」「腹をくくる」など、人の気分を表すのに「腸」や「腹」という言葉はよく使われてきました。これには根拠があって、人の体の中心に位置する消化器官、なかでも腸の状態は、人の気分に影響を与えることが分かっているのです。今回はおなかのまん中にある「第二の脳」とも呼ぶべき「腸」にスポットを当て、「腸」を幸せにすると、人も幸せになれるという話をご紹介します。

腸と脳の関係

消化器官の一つである「腸」は、私たちが口から摂取した食べ物の栄養や水分を吸収するという大切な役割を果たしています。ところが「腸」の働きはこれにとどまらず、実は「脳」と直結して人の気分を左右しているらしいのです。医学博士で東京医科歯科大学名誉教授の藤田紘一郎さんは、著書「腸内革命」の中で、「人生が幸せであることは誰もが願うことですが、幸せか不幸せかは腸で決まる」と述べています。事実、「腸」には脊髄に匹敵する数のニューロンが存在し、体内に有害な物質が入ってくると、「脳」の判断を待たずに大量の分泌液を出して下痢を引き起こします。近年の研究で、人の体には「頭脳以外の"脳腸"が存在し、頭脳にも負けない、いやそれ以上に重要な役割を担っていること」が分かってきたのです。相手の想いや考えを図ることを「腹の中を探る」といいますが、「腸」が「脳」に似た何らかの働きをしていることを先人たちは経験的に知っていたのかもしれません。

幸せを左右する神経物質

人が幸せを感じるとき、脳の中で働いているのは「セロトニン」や「ドーパミン」といった神経伝達物質です。これを藤田さんは「幸せ物質」と呼んでいます。なぜなら、ドーパミンは「脳に歓喜や快楽、興奮といったメッセージを伝える働き」があり、またセロトニンも「"逆境"のときに、気持ちを奮い立たせ、やる気を起こしてくれる」からです。逆に、「ドーパミン」「セロトニン」などの「幸せ物質」が著しく低下すると、不幸度が高まり、やる気も出なくなってくるとのこと。この二つの神経伝達物質は人間の幸福度に大きな影響を与えているのです。
ところで、この「ドーパミン」や「セロトニン」は、体内のどこに存在していると思いますか? 人間は頭でものを考えるので「脳」と答えたくなりますよね。でも、違います。「脳」にあるのは全体のわずか2%ほどで、残りのほとんどが「腸」に存在しているのです。理由はしごく簡単で、これらの神経伝達物質を作りだしているのが「腸」だからです。「腸」は人間の幸せを左右する大切な脳内物質の製造工場なのです。

腸内細菌の働き

人の幸福度を左右する「ドーパミン」や「セロトニン」は、食べ物から摂ったアミノ酸を原料に腸の中で合成されます。でも、ただ食べ物を食べるだけでは、これらの神経伝達物質は作られません。その合成に深く関与しているのが、腸の中に無数に存在する「腸内細菌」です。「腸内細菌の数が減ってくると、当然ドーパミンやセロトニンといった『幸せ物質』も減少します」と藤田さん。そして困ったことに、近年、日本人の腸の中にいる細菌の数が減ってきているらしいのです。
腸内細菌の数は糞便の量と深く関係していますが、今の日本人の糞便の量は終戦直後と比べておよそ半分に減っているとか。糞便の量が減った主な原因として考えられるのは食生活の変化で、以前に比べて日本人が摂取する食物繊維の量が減ってきているのです。食物繊維は腸内細菌のエサになるので、これが減ると必然的に腸内細菌が減り、それにつれて腸内で作られる「幸せ物質」も減ってしまうのです。以前のコラム「人のしあわせ」でも触れましたが、今の日本は経済的には豊かになったものの、なぜか「幸福度」が高くありません。それはもしかすると、戦後急速に変化してきた日本人の食生活と無関係ではないのかもしれません。

では、具体的に腸内細菌を増やし、セロトニンやドーパミンをたくさん脳に送るにはどうすればいいのでしょう。「答えは簡単です」と藤田さん。「日本の伝統食への回帰、これを実行すること」で腸内細菌を増やすことができるそうです。伝統的な和食の材料であるイモ、ニンジン、ゴボウ、大豆などには、腸内細菌が好む食物繊維がたっぷり。こうした食材をたくさん食べることで、腸が作りだす「幸せ物質」を増やすことができるのです。

そもそも40億年前、生物が誕生したときには「脳」はありませんでした。最初に備わった器官は「腸」であり、今でもヒドラ、イソギンチャク、クラゲといった腔腸動物は脳を持っていません。それでも彼らが生きていられるのは、「腸」が「脳」の役割を果たしているからです。
「腸」は単なる消化器官ではありません。神経細胞を多く持ち、脳内物質をも作りだす感受性に富んだ器官です。おなかを大事にして「腸を幸せにする」ことは、私たち自身を「幸せにする」ことにつながっていくのかもしれません。

※参考図書「腸内革命 腸は、第二の脳である/藤田紘一郎」(海竜社)

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