研究テーマ

ベーシックインカム

国民の全員に、生きていくために最低限必要なお金を一律に給付するという夢のような制度が、世界中で検討され始めています。基本的な収入を保障するという意味から「ベーシックインカム」と呼ばれるこの制度、ヨーロッパやアフリカのいくつかの国で、すでに試験的な導入が始まっています。「ベーシックインカム」とはどんな制度なのか。導入したら社会はどう変わるのか。いまひとつ不明な点の多い「ベーシックインカム」について調べてみました。

国民への無条件給付

日本には「生活保護」の制度があります。これはお金も資産もなく、働くこともできなくなった人を救済する制度で、"健康で文化的な最低限度の生活"に必要なお金が国から支給されます。もちろん誰でもお金をもらえるわけではありません。生活保護を受けるには一定の条件を満たす必要があり、審査もあります。
これに対して、「ベーシックインカム」は無条件給付を前提としています。赤ちゃんからお年寄りまで、すべての国民に生活に必要な最低限度のお金が一律に支給されるのです。"最低限度"がいくらかは難しいところですが、たとえば国民年金を基準に考えるなら、一人あたり7万円ほどになるのでしょうか。4人家族であれば毎月28万円が国から振り込まれることになります。
夢のように思える制度ですが、「ベーシックインカム」には疑問や批判もあります。代表的なものは「無条件給付」に対するもので、一律給付となると、お金持ちにも同じ金額が支払われることになります。「富裕層まで対象にしていいのか」という意見。また、全員にお金を渡すと「働かなくなる人が増えるのではないか」と危惧する人もいるようです。

福祉と差別

なぜベーシックインカムは「無条件給付」なのか。これを理解するには、この制度が登場してきた背景を知る必要があるかもしれません。ご存知のように私たちは資本主義の社会に生きています。そして、かつての資本主義社会では、貧困の原因は社会の側ではなく、むしろ貧しい人の側にあると考えられていました。平たくいえば、個人の努力が足りないから貧困になるのだと。しかし、この考えは労働者の惨状が明らかになるにつれ、少しずつ改められてきました。そして、第二次世界大戦後には、多くの国が所得保障の制度を整え、「福祉国家」を目指すようになったのです。生活保護、年金、失業保険、健康保険など、さまざまな"セーフティネット"が整備され、貧困に苦しむ人、障害を抱える人々の一助となってきました。
しかし、生活保護のように、受給者を選別する制度では、「福祉」を受ける側に「負い目」が生じます。ベーシックインカムを研究している同志社大学教員の山森亮さんは、著書「ベーシックインカム入門」の中でこの問題を次のように指摘しています。「賃金労働に従事し生活できる者たちを標準として、高齢者、障害者など労働できないとされる人々や、賃金労働はしているが、それだけでは生活できない人たちを、それより一段劣るものとして、そして労働可能と見做(な)されながら賃金労働に従事していない人々を最も劣るものとして序列化していく、そうした仕掛けを福祉国家は内在化しているのである」。国民全員に無条件で給付する「ベーシックインカム」には、このような福祉を受ける側の「選別や差別」「恥辱感」などを払拭する狙いがあるのです。

不平等の是正

もうひとつ、「ベーシックインカム」が目指すものがあります。それは社会の不平等の是正です。人間は生まれながらにして平等といわれますが、本当にそうでしょうか。たまたま生まれた家庭の経済状況や障害の有無によって、人生に一定の制約がかかってしまうことは避けられません。このような不平等によって生じる暮らしの格差を、一律の金額を全員に給付することで底上げし、解消しようという狙いもベーシックインカムにはあるようです。
もし、ベーシックインカムが導入されれば、最低限の生活が保障されます。そうなれば失業を恐れてブラック企業にしがみつく必要はなくなるかもしれません。働きながら子育てをするシングルマザーの暮らしも楽になるでしょう。そして、ある程度の収入が約束されれば、会社を辞めて海外留学したり、大学に入って学びなおしたり、ボランティア活動を始めたりすることもできます。一定の金額を無条件で給付し、人々を"生存の恐怖"から解放するベーシックインカムには、一人ひとりの人生を、より自由で豊かなものにしてくれる可能性があるのです。

確かに財源の問題はあります。国民のすべてに月々7万円支払えば、年間で100兆円からのお金が必要です。一朝一夕に導入という話にはならないでしょう。にもかかわらず、フィンランド、カナダ、ケニヤ、インドなど、世界の各国で導入を見すえた社会実験が始まっているのは、現代社会が抱える矛盾を解消する手立てとして、ベーシックインカムが大いに注目されている証拠ではないでしょうか。
一向に縮まらない経済格差、差別や不平等、世代をまたぐ貧困の連鎖など、行き詰まりを見せている今の社会が向かう先に何があるのか。新しい社会の枠組みを模索するうえで、ベーシックインカムは「一条の光」になっているのかもしれません。

※参考図書:「ベーシックインカム入門/山森亮」(光文社新書)

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