研究テーマ

声に出して読む

「おどろき もものき さんしょのき」「けっこうけだらけ ねこはいだらけ」「てきもさるもの ひっかくもの」…調子合わせや語呂合わせを楽しむ「付け足し言葉」です。こうした言葉をいつのまにか覚えていて、何かの折に口をついて出るのは、おそらく、声として発せられたものを耳で覚え、それが身体に沁み込んでいるから。現代では目で読む「黙読」が主流ですが、声に出し耳で聞くことには、思いがけない効果があるのかもしれません。今回は、身体とつながりながら読む音読について考えてみましょう。

漢文の素読

「子曰く(しのたまわく) …」──寺子屋や藩校で学ぶ子どもたちが、声をそろえて『論語』などを読み上げるシーンは時代劇でもおなじみですね。これは、江戸時代に盛んに行なわれていた「素読(そどく)」といわれるもの。内容の理解はさておいて、まずは書いてある文字を大きな声で読み上げるという、いたってシンプルな学習方法です。でも、このシンプルさのなかにたくさんの効果がある、と言うのは老荘思想研究者の田口佳史さん。「何度も反復して読むことで、いつも自分が使っている言葉とは次元の違う言葉、あるいは日常会話とは全く違うジャンルの言葉、つまり精神の言葉というべきものを幼い魂に刻印するという学習効果がある」といいます。

声に出す、耳で聞く

明治時代に入って黙読という言葉が使われはじめるまでの日本では、声に出して読む音読が普通だったといいます。声に出して読めば、耳が聞く。つまり、目だけではなく耳を使って読むことが、書物の読み方だったのです。「聡明(そうめい)」の「聡」の字の中には「耳」という字が含まれているように、「聡」は「よく聞くこと」。「明」は「よく読み、よく見ること」を指し、聡明な人間を育てるためには、声に出して読み自分の声を耳で聞く音読がよい訓練にもなったというわけです。
意味の理解や解釈に重きを置く現代の教育では、素読はもちろん、音読や暗誦(あんしょう=覚えた文章などを口に出して唱えること)をする機会もほとんどなくなりました。その背景には、受験勉強の暗記と混同されたという事情もあったようですが、『声に出して読みたい日本語』シリーズの著者、齋藤孝さんは、「暗誦は、些末な知識の暗記とはまったく異なる文化的営為である」と断言します。

言葉のちから

『声に出して…』に収められている言葉は、『論語』から『万葉集』、『般若心経』、詩、短歌、俳句、歌舞伎や狂言のせりふ、落語、物売りの口上、早口言葉や付け足し言葉まで、実にさまざま。声に出して読んでみると、同じ日本語なのに驚くほど変化に富んでいます。
「歴史のなかで吟味され生き抜いてきた名文、名文句」には、「身体に深く染み込むような、あるいは身体に芯が通り、息が深くなるような力」があるという言葉は、身体論を専門とする齋藤さんならでは。そうした言葉たちは「声に出して読みあげてみると、そのリズムやテンポのよさが身体に染み込んで」「身体に活力を与え」「たとえしみじみとしたものであっても、心の力につながっている」と言います。

声に出して、身体とつながる

日本の伝統的な文化の柱として、〈腰肚(こしはら)文化〉と〈息の文化〉の二つを挙げる齋藤さんは、「かつては、腰を据えて肚を決めた力強さが、日本の生活や文化の隅々にまで行きわたっていた。腰や肚を中心として、自分の存在感をたしかに感じる身体文化が存在していた」といいます。そして、「この腰肚文化は、息の文化と深く結びついて」いて、「深く息を吸い、朗々と声を出す息の文化が、身体の中心に息の道をつくる」「身体全体に息を通し、美しい響きを持った日本語を身体全体で味わうことは、ひとつの重要な身体文化の柱であった」とも。暗誦や朗誦が、そうした身体文化の土台になっていたのです。目で読むだけの黙読では決して得られない、身体との一体感なのかもしれません。

読み聞かせから、暗誦へ

黙読が主流になった現代でも、音読がかろうじて残っているのは、絵本や児童書の読み聞かせの世界です。何度も読んでもらっているうちに、まだ文字の読めない子どもが一緒に声を出してお話をたどるようになったり、大人のほうも、いつの間にかそれを暗誦できるまでになっていたり。幸せな体験を通して身体に沁み込んだ言葉たちは、親子共通の宝物になり、家族の歴史とも重なっていくのでしょう。そう考えると、子どもが自分で読めるようになったからといって読み聞かせの時間を全くなくしてしまうのは、ちょっともったいない気もします。名文や名文句がちりばめられた大人の本を少しずつ挿し込み、声に出して読みながら、親子で楽しむ時間へ。それは、子どものためだけでなく、大人にとっても忙しい日常をリセットする豊かな時間になるでしょう。

「文章の意味はすぐにわからなくてもいい。長い人生のプロセスのなかで、ふと意味のわかる瞬間が訪れればいい。こうしたゆったりした構えが、文化としての日本語を豊かにする」──『声に出して読みたい日本語』のなかで、齋藤孝さんは、こんなふうに記しています。すべてのことにおいて早急に結果を求められる時代。本を読むことも、知識として吸収しどこかで吐き出すということにのみ重点が置かれているような気もします。楽しいから、読む。楽しいから、そらんじるまで読む。そんな読書の原点を思い出すためにも、たまには声に出して読んでみませんか?

※参考図書:『声に出して読みたい日本語』齋藤孝(草思社文庫)

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