研究テーマ

お彼岸に寄せて

撮影:増田裕乃

暑さ寒さも彼岸まで──夏の暑さも冬の寒さも、お彼岸を境にやわらいで、しのぎやすくなるという言い伝えです。春と秋、七日間ずつあるお彼岸の真ん中(中日:ちゅうにち)が、「秋分の日」と「春分の日」。どちらも「昼と夜の長さが同じ」ということはよく知られていますが、では「お彼岸ってなに?」と訊かれたら、「お墓参りをする日」というくらいしか浮かんでこないのではないでしょうか。今回は、知っているようで知らない「お彼岸」にスポットを当ててみました。

彼岸(ひがん)と此岸(しがん)

そもそも「彼岸」とは、「河の向こう岸」という意味。仏教では、生死の海を渡って到達する悟りの世界を「彼岸(ひがん)」といい、その反対側の迷いや煩悩に満ちた、私たちがいる世界を「此岸(しがん)」といいます。彼岸は西に、此岸は東にあるとされ、太陽が真東から昇って真西に沈む秋分と春分は、彼岸と此岸がもっとも近づく日。こちらの岸にいる私たちが、向こう岸にいる先祖をしのぶには、ぴったりの日というわけです。

自然をたたえ、亡き人をしのぶ

お彼岸の中日(ちゅうにち)である「春分の日」「秋分の日」は、言わずと知れた国民の祝日です。このふたつはセットとしてとらえられているようで、「国民の祝日に関する法律」によれば、春分の日の趣旨は「自然をたたえ、生物をいつくしむ」こと、秋分の日は「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」こと。
その背景には、自然と一体になって生きてきた農耕民族としての歴史があり、春の種まきや秋の収穫とも結びつき、自然に対する感謝や祈りが先祖への感謝の気持ちにもつながり、大切な行事となっていったのでしょう。

お彼岸の花

撮影:増田裕乃

秋のお彼岸と時を同じくして花開く植物があります。その名も、ヒガンバナ(彼岸花)。人里に近い堤防や田んぼの畦道(あぜみち)などで炎のように赤く燃えるその姿は、美しくも怪しく、一度見たら忘れられないほど。里に咲く花なのに、都会の人にもよく知られているのは、その印象的な姿によるものでしょう。
別名の曼珠沙華(まんじゅしゃげ)は、サンスクリット語 ma jūṣakaの語音を漢字に書き写したもの。天上に咲く花という意味で,それを見る者の悪業を払うとされています。
また、花が終わってはじめて葉が出てくるという独特の生長サイクルから、「葉見ず花見ず(はみずはなみず)」とも。韓国では、「花は葉を思い、葉は花を思う」という意味で「サンチョ(相思華)」という詩的な名前で呼ばれるそうです。

農耕と彼岸花

撮影:増田裕乃

彼岸花には数々の異名があり、日本での別名・方言は千以上にもなるといいます。天上の花をあらわす「曼珠沙華」とは反対にイメージの良くないものも多く、地獄花、幽霊花、死人(しびと)花、捨て子花、しびれ花、かぶれ花、手腐り(てくさり)、毒草(どくくさ)、毒花(どくばな)…などなど。実際、鱗茎(りんけい:球根に似た地下茎)にはリコリンなどの有毒成分を含んでいることが知られています。それなのに今日まで生き続けてきたのは、人の暮らしに深く関わり、人為的に植えられてきたから。田んぼの畦や川の土手などのそれは、強い根で土壌を強化し、鱗茎にある毒性で野ネズミやモグラの侵入を防ぐため。また、墓地の近くでよく見かけるのは、その昔、野犬が墓地を荒らすのを防ぐために植えられたからだといわれます。

毒にも薬にも命綱にも

撮影:増田裕乃

毒性のあることで知られる彼岸花ですが、その一方では、漢方薬の材料にもなり、「鱗茎を石蒜(せきさん)といい、去痰、催吐薬に」利用されるといいます。
また、有毒で年貢の対象外とされたため、飢饉に備える救荒作物として植えられた歴史も。鱗茎はデンプンに富み、有毒成分であるリコリンは水溶性なので長時間水にさらすと毒を抜くことも可能だったといい、草や木の皮も食べ尽くした後の最後の最後の非常食として、彼岸花の鱗茎を食べたという話もあるようです。
毒性をあらわす数々の呼び名も、非常食をそう簡単に食べられては困るから、人が寄りつかないように牽制するため、とする説も。命を守る大切な花だから身近なところに植えておく必要があり、身近にありながらも手出しはできない。人々にとって、彼岸花はそんな複雑な存在だったのでしょう。

お彼岸の修行

仏教では、お彼岸の中日をはさんで前後3日間は、一日にひとつずつ、計六つの修行を行う期間とされているようです。六つの修行とは──

  • ◯布施(人に施しをする)
  • ◯自戒(自分を戒め、反省する)
  • ◯忍耐(不平不満を言わずに耐える)
  • ◯精進(努力する)
  • ◯禅定(心を安定させる)
  • ◯知慧(真実を見る知恵を働かせる)

此岸と彼岸が最も近づくこの時期に、六つの修行を行うことで、悟りの世界である彼岸に至るのが、仏教的なお彼岸の意味だといいます。
往く夏を見送りながら、来る秋の気配を感じるこの時期。六つの修行のうちのひとつでも心がけて過ごすことができれば、新しい季節に向けて気持ちをリセットできるかもしれませんね。

今年の秋のお彼岸は、9月20日から26日まで。みなさんは、お彼岸をどんなふうに過ごされますか?

※参考図書:『講談社園芸大百科事典』

研究テーマ
生活雑貨

このテーマのコラム