研究テーマ

妖怪の魅力

水木しげるの漫画「ゲゲゲの鬼太郎」や、宮崎駿監督の映画「となりのトトロ」「もののけ姫」などには、昔懐かしい「妖怪」がたくさん登場します。ちょっと恐ろしくて、奇怪で、ときには人に悪さをする妖怪たちですが、なぜか憎めずに親近感すら覚えます。なぜこれほどまでに妖怪は現代人の心を引きつけるのでしょうか。その魅力について考えてみました。

妖怪とは

あなたはいま、暗い森を背負う一軒家に泊まっています。深夜、ふと目を覚ますと、近くを流れる川の音に混じって「ショキショキ」と豆を洗うような奇妙な音がします。「何だろう? 何か外にいるのだろうか?」。恐くなったあなたは頭から布団をかぶり、まんじりともしない夜を過ごします。そう、これが「小豆洗い(あずきあらい)」という妖怪の正体です。
かつて自然は私たちにとって、豊かな恵みもたらすとともに、恐怖の対象となる存在でもありました。月のない夜は、鼻をつままれても分からないほど真っ暗で、闇に何が潜んでいるかも分からないからです。そこは昼間の理性では計り知れない魑魅魍魎(ちみもうりょう)の跋扈(ばっこ)する世界。決して人間が足を踏み入れてはいけない「異界」が存在していたのです。

姿を得た妖怪

もともと「小豆洗い」のような妖怪は、不可解な「怪異現象」であり、姿や形はなかったようです。民俗学者の小松和彦さんによれば、「ぬりかべ」なども同じで、それは「野山を歩いていて、突然先に進むことができなくなる現象」のことだとか。それを漫画家の水木しげるさんが「絵画化=存在化」して、いまの「ぬりかべ」ができあがったそうです。
このように多くの妖怪は、そもそも名前や姿を持たない不思議な現象として語り継がれてきました。それが姿形を持つようになったのは中世の頃からだとか。貴族や僧侶の間で「絵巻」が流行り、鬼や疫病神、土蜘蛛といった化物が描かれるようになります。さらに、室町時代になると眼鼻や手足のついた道具の妖怪が現れます。これらは「作られてから九十九年経った道具の霊魂」という意味で「つくも神」と呼ばれました。こうした古道具の妖怪たちが、夜の町を楽しげに行進する様子が「百鬼夜行絵巻」などに描かれ、妖怪の種類は一挙に増加したのです。さらに、江戸時代になると浮世絵師の鳥山石燕の描いた妖怪図鑑「画図百鬼夜行」が人気を博し、幕末の頃には葛飾北斎や歌川国芳といった絵師たちまでが優れた妖怪画を描いたそうです。このようにして、日本の文化の中に妖怪は定着していきました。

存亡の危機

ところで「妖怪」という言葉はいつ頃、誰が作ったものなのでしょう。小松さんの著書によると、「明治時代になって、妖怪現象・存在に興味を抱き、その研究に従事した人たちが『学術用語』として『妖怪』という語を意識的に用いたようである」とのこと。なかでも妖怪博士との異名をとった哲学者の井上円了の存在は大きかったようです。彼は妖怪に対して否定的な立場を取り、妖怪が引き起こす怪異現象を「合理的に説明してみせることで、妖怪を撲滅しようとした」そうです。いわば明治版のゴーストバスターですね。
もっとも井上円了の手を借りずとも、明治以降になると妖怪は存亡の危機を迎えます。なぜなら、妖怪の棲みつきそうな「暗闇」が次々と奪われていったからです。以前のコラム「消えゆく暗闇」でも書きましたが、文明開化以降の日本では、街灯やネオンサイン、ビルの明かりがちまたにあふれ、まるで昼のような人工の明るさで闇を塗りつぶしていきました。もはや「小豆洗い」や「ぬりかべ」などの生きる余地はありません。科学的な思考にもとづく近代文明が、妖怪の息の根を止めようとしたのです。

古きよき暮らしへの憧憬

日本の国土は美しい自然に囲まれています。私たちの先人は海や山、川の隙間にできた平坦な地に住みつき、集落をつくり、ささやかな暮らしを営んできました。かつての日本には、民俗学者で妖怪の研究者でもあった柳田國男が「遠野物語」に残したような風景がそこここに点在していたのです。万物に霊魂が宿るというアニミズムを信仰していた日本人は、自然を敵として捉えずに、たとえば里山文化のように、そこに人の手を加えることでより豊かなものとし、共存を図ってきました。そんな自然と融合した暮らしの中で、河童や狐や狸にまつわる伝説が生まれ、「小豆洗い」「ぬりかべ」「ザシキワラシ」のような妖怪が生き延びてきたのでしょう。

自然に対して抱く畏怖の思いや感謝の念、人間存在の小ささ、心細さ、得体の知れないものに対する不安などが入り混じり、想像力をかき立てた結果、生まれてきたのが妖怪という存在なのかもしれません。私たちが水木しげるや宮崎駿の作品に郷愁を覚え、出てくる妖怪たちに魅力を感じるのは、美しい自然と、そこで織りなされる豊かな人々の暮らし、そして、現代人が失ってしまった「大切な何か」を、そこに見出すからではないでしょうか。

参考図書:
「妖怪文化入門/小松和彦」(角川ソフィア文庫)
「妖怪学新考~妖怪からみる日本人の心/小松和彦」(小学館)

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