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ミニマルライフ

新しいTシャツを買ってきてタンスにしまおうとしたら、引出しの奥に似たようなTシャツが眠っていた。そんな経験はありませんか? それはたぶん、モノがあふれていて、「ある」モノが見えなくなっていたから。一方、最初から必要以上にモノを持たないと決めて、そんな失敗とは無縁に暮らす人も増えています。今回は、ミニマリストと呼ばれる人たちの暮らしぶりをご紹介しましょう。

必要なモノだけで暮らす

ミニマリストとは、「最小限の」という意味のミニマル(minimal)から派生した造語で、持ちものをできるだけ減らして必要最小限のモノだけで暮らす人。大量生産・大量消費の現代社会の中で、氾濫するモノや情報に振り回されるのではなく、自分にとって本当に大事なものを見極め、必要なものだけを取り込むことで楽に生きたい、という想いから生まれたライフスタイルです。不要なものをそぎ落として生活に調和をもたらすという意味では、2010年の流行語にも選ばれた「断捨離」の考え方と通じるところもありそうです。

ミニマリストの暮らし

昨年の秋、NHKの情報番組「あさイチ」で、「持たない暮らし=ミニマリスト」と題してミニマリストの暮らしぶりを紹介していました(2016年9月26日放送)。番組にはいろいろなミニマリストが登場していましたが、元朝日新聞編集委員の稲垣えみ子さんもそのひとり。稲垣さんの部屋には、掃除機も洗濯機も冷蔵庫もエアコンもありません。
最初に止めたのは掃除機。代わりにほうきを使うことで、逆に掃除が楽になり、掃く音も心地よいといいます。洗濯は、ちょっとこすってつけ置きすれば、大抵のものはきれいになるとか。冷蔵庫を止めてからは、買い物は食べきれる量だけに。それでも残った野菜は、乾燥させたり、ぬか漬けにしたりしています。

「ない」ことにも豊かさがある

稲垣さんがそんな生活を始めたきっかけは、原発事故。あまりにも深刻な事態を目の当たりにして、原発に頼らなくてもいい暮らしを模索し始めました。
節電しようと頑張ってもなかなか使用量を半減できなかった稲垣さんが試行錯誤の末にたどり着いたのは、あるものを減らすという発想ではなく、「電気はない」という前提に立って暮らすこと。その上で、「どうしても必要な時だけ、必要最低限の電気を使わせていただく」ことにしたのです。帰宅後も、すぐに玄関の灯りをつけるのではなく、暗さに目が慣れるまで待つという徹底ぶり。そんな不便な…と思うところですが、稲垣さんによれば、「暗闇の中に、これまで気づかなかった、気づこうともしなかった明るさが立ち現れてくる」のだとか。もちろんテレビの音もありませんから、「窓の外から風の音や虫の鳴き声が聞こえて」くる。「"ない"ということの中に、実は無限の可能性があった」といいます。

基準は、人それぞれ

必要なモノや不要なモノは、人によって違います。同番組で紹介していた別の例は、食べざかりの男の子が3人いる共働きのご家庭。そのお宅では「家事の労力を軽減する冷蔵庫や洗濯機などの電化製品はありがたい」もので、「いらない」のはリビングのソファーでした。ソファーをなくすことで、ご主人と子どもたちの距離が縮まっただけでなく、いちいちソファーをどかしながらしていた掃除の手間も軽減。そして何より、ソファーを置けるような広い家を買うために働き過ぎなくてもいい、という恩恵もあったとか。
「私にとってのミニマルライフとは、"何も持たない暮らし"ではなく、"自分軸で選んだ最適量との暮らし"」という奥さんの言葉に共感する人は多いでしょう。

先人たちのミニマルライフ

「四月一日」と書いて「わたぬき」と読む名字があります。衣替えのこの日に、冬着から綿を抜いた合着(あいぎ=春や秋に着る衣服)に着替えていた、かつての暮らしに由来するもの。綿を入れたり抜いたりしながら、数少ないきものを大切に着回してきた暮らしぶりがうかがえます。
茶の間にも客間にも寝室にもなる畳敷きの部屋、食卓にも勉強机にもなる卓袱台(ちゃぶだい)、一器多用のそば猪口(ちょこ)… 考えてみると、日本人はもともと、ミニマリストでした。「きもの」という民族衣装も、太っても痩せても着られるものですし、ほどいて仕立て直せば孫子の代まで着られます。刺し子や裂き織りなどの伝統工芸も、モノを使い尽くすために生まれた技術。数少ないモノで暮らすということは、愛着のもてるモノを選び抜き、末永く使うということなんですね。

モノに縛られない

私たちはこれまで、モノをたくさん持つことによって豊かさを実感してきました。そんな中で、「あったら便利」程度だったモノが、いつの間にか「なければやっていけない」モノになって、私たちを縛っているような気がしないでもありません。先の稲垣さんに言わせると、「それは例えて言えば、たくさんのチューブにつながれて生きる重病人のようなもの」。そして、「私の節電は、いわばそのチューブを一つずつ抜いていく行為」で「ほとんどのものが抜いてもどうっていうことはなかった」とも。たしかに、炊飯器がなければご飯が炊けない、といった暮らしは、便利なようでとても不便なことだと気づきます。何でもある今の時代、逆にモノに縛られないことで得られる豊かさや幸福感にも目を向けてみたいものです。

「欲を捨てた生活と言われるけど、違う。本当にほしいモノを残しただけ」──あるミニマリストの言葉です。本当に自分が必要なモノを見極めるということは、自分のこころにまっすぐ向き合うことなのかもしれません。
みなさんにとって、本当に必要なモノはどんなモノですか?

※参考図書:『魂の退社』稲垣えみ子(東洋経済新報社)

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生活雑貨

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