研究テーマ

各国・各地で

復興のエネルギー

2017年3月11日で、東日本大震災が発生して6年になります。震災では多くの人が命をなくされ、故郷を奪われ、いまだに避難生活を強いられている方もいらっしゃいます。そんな中で、未来を見据えた動きが始まっています。福島県の飯舘村で始まった「飯舘電力」の取り組み。再生可能エネルギーで未来をひらこうという、新たな暮らしの光です。

美しい村

福島県相馬郡の飯舘村は、阿武隈山地の北部、標高400mほどの高原に位置しています。ここはかつて黒毛和牛の飼育が盛んな、美しい田園風景の広がる村でした。この村を2011年3月11日、東日本大震災が襲います。村は激しい揺れに見舞われましたが、幸いにして高原にあるため、津波の被害からは免れました。そうして、東京電力の福島第一原子力発電所が爆発したときも、比較的距離があったため、浜通り方面から避難してきた人々を受け入れる余裕すらありました。ところがです。被災して一カ月半ほど経ったとき、突然村の全域が「計画的避難区域」に指定されたのです。「放射能で汚染されているので、すぐに村外へ逃げなさい」と。あれから6年が経ちました。故郷を追われた人々は県の内外に散り散りになり、いまだに苦難の避難生活を強いられています。
飯舘村は一部の地域を除き、この春から避難指示が解除されます。念願の帰村がようやく許されるのです。しかし、今回取材に応じてくださった飯舘電力の千葉訓道さんは、手放しでは喜べないといいます。「宅地から除染が始まって、ようやく農地の除染が済みました。でも、飯舘村の場合は一律に表面の土を5センチ削るという除染方法でした。先祖代々培われた肥沃な土壌を失った土地で、どうやって営農を再開するのでしょうか」

飯舘電力

「飯舘電力株式会社」が設立されたのは、2014年9月のこと。社長は小林稔さんという、村で酪農を営んでいた方です。会社の理念には次のような力強い言葉があります。「村があるべき未来を奪われた事に怒りと抗議をしつつも、村民自らが飯舘村の土地と風土を守り、村の未来を創るために飯舘電力株式会社を設立した」。再生可能エネルギーによる売電収入を生活の一部に充て、村の復興に寄与しようという考えのもと、有志が集まって発足した会社です。現在、村内の13カ所に50kW以下の小規模ソーラーを設置し、発電しています。今年の6月までには27~28基にまで増設し、来年の3月には50基の稼働を目指しています。
「飯舘電力はみんなの力で立ち上がった会社です」と千葉さん。村をはじめ、全国から寄付や出資が寄せられました。そして、なにより大きいのが発電用の土地の提供。ソーラーを設置できる土地が確保できなければ、発電は始まりません。現在85名の村人が、土地の提供を申し出てくださっています。
事業は順調で、売電収入の中から地権者に地代を支払い、村に法人税を納め、また、利益の一部を寄付できるまでになりました。「指定寄付」といって使い道に条件を付ける形の寄付で、営農再開する人たちの農業機械のオーバーホール代に充当する予定です。と書くと順風満帆のように見えますが、ここまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。

御影石に刻まれた名前

飯舘電力の福島事務所内に、御影石の石盤が立てかけてあります。そこに刻まれているのは、この事業に寄付や出資をしてくださった方々のお名前。社員は毎朝その石盤に向かって、心の中で手を合わせるそうです。これにはちょっとしたエピソードがあります。
実は会社の発足時に、村の人たちを集め、寄付や出資を募ろうとしました。そして、村役場の窓口で相談すると「無理だと思いますよ。誰も来ませんよ」と。それもそのはず、出資や寄付をできるような人は、県の内外に離散してしまっているからです。そこで千葉さんたちは、メディアの力を借りることに。マスコミに片っ端から声をかけ、取材のお願いにまわりました。するとありがたいことに、1号機の起工式に13社ものメディアが駆けつけ、ニュースを配信してくれました。

クリックで拡大後日、千葉さんの携帯電話が鳴りました。話を聞くと、なんでも京都の老人ホームにいる女性が「遺産の一部を寄付したい」と申し出ているとか。「ねぇ、すごいよ。京都の老人ホームの女性だって。きっとすごい額だよ」と話を聞いてみんなで大喜びしました。それから3週間ほど経ったある日、一通の手紙が会社に届きます。和紙の封筒の表に丁寧な文字で「飯舘電力様」。開けてみると中に手紙があり、「新聞記事を読み共感いたしました。少額ですが私財を送らせていただきます」とありました。封筒にはもう一枚折りたたまれた和紙があり、開けてみるとピン札で三千円入っていました。「それが飯舘電力への初めての寄付だったんです。その方のお気持ちが嬉しくて、もう涙が止まりませんでした」
この話を竣工式のときにしたところ、ある新聞社の人がコラムに書いて載せてくれました。するとどうでしょう、全国から反響があり、寄付をしたいという申し出が続々と寄せられたのです。「もう、ありがたくて、ありがたくて……」。その三千円は和紙に包まれたまま、いまも大切に会社の金庫にしまわれているそうです。

村の復興のために立ち上がった「飯舘電力」ですが、目指している未来はもっと大きなもの。お手本は、環境先進国のドイツです。この国には900前後の「都市公社」というものがあるといわれており、地域の電力を再生可能エネルギーでまかなっています。「売電で収益をあげ、その収益で農業を再生していく」そんなドイツの取り組みを、飯舘電力は目指しています。
「再生可能エネルギーは、これから絶対に伸びていきます。発電効率がよくなり、バッテリーで蓄電できるようになれば、コストはさらに下がります。もう自然エネルギーは高いなんていわせない。そういう時代が来ています」
中央集権型の電力から、地域で自給自足できる電力へ。ソーラー、水力、風力、地熱、バイオマスなど、エネルギーが地域を元気にし、その元気が日本全体を元気にしていく。そう、「復興のエネルギー」は、この国の姿やあり方を根本から変えていく原動力になるのかもしれません。

参考資料:
飯舘電力ホームページ
「きぼうチャンネル」

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