研究テーマ

雑巾を見直す

(今週のコラムは、過去にお届けしたコラムをコラムアーカイブとして、再紹介します。)

臨済宗相国寺・金閣寺・銀閣寺の住職、有馬頼底さんは、さまざまな悩み相談を受けると、「とにかく雑巾を持ってごらんなさい」と説くそうです。掃除といえば掃除機やモップがあたりまえで、掃除機ロボットや床拭き用のロボットまで普及しつつある昨今。わざわざ「雑巾」をもって掃除をすることには、どんな意味があるのでしょう?

雑巾がけの記憶

小中学生だった頃のことを、思い出してみてください。学校の時間割の中には掃除の時間が組み込まれていて、掃除のための雑巾も各自で持ち寄ったものでした。その雑巾で、机を拭く、窓を拭く、教室の床や廊下を拭く。絞り方が悪いと床に水分が残って滑りやすくなったり、あまり硬く絞り過ぎると窓ガラスの泥汚れなどが落ちにくかったり…一枚の雑巾をいろいろな場で使い回しながら、体験を通して使い方を覚えていったような気がします。そして、自分の手や身体を使って掃除をした後の気分は、なんとなく清々しいものでした。

モップと雑巾

多くの人がこんな子ども時代を過ごしてきたはずなのに、いざ大人になると、日々の暮らしの中で雑巾がけをしている人はそんなに多くないのではないでしょうか。「板の間、廊下」といわれたら雑巾がけを想像するのに、フローリングといわれた途端、「モップで乾拭き」と思ってしまうのはなんだか不思議ですね。実際、多くの本やサイト上では、フローリングの掃除は「モップで乾拭きするのが基本」と書かれています。頻繁に水拭きをすると、ワックスが剥がれたり、床板の反りやひび割れの原因になるとか。現代人の「雑巾離れ」は、もしかしたら、こんなところに原因があるのかもしれません。

守備範囲の広い雑巾

一方、フローリングでも雑巾がけが一番と言う人もいます。掃除機やモップは手軽にホコリやチリを取ってはくれるけど、磨き上げてくれるわけではないからです。
禅寺の掃除の基本は雑巾。前述の有馬さんのお寺では、板の間や廊下はもちろん、床の間、畳、障子の桟、須弥壇(しゅみだん)と呼ばれる仏殿のご本尊を安置する壇上も、窓拭きも、雑巾で済ませてしまうといいます。須弥壇などは雑巾そのものの布を柔らかいものにしたり、場所によって濡れ拭き・乾拭きと変えていきますが、基本的には雑巾だけ。含ませる水分を変えることでひとつの道具を自在に扱う、その使い分けの知恵には、驚くばかりです。

雑巾がけのススメ

モップがけなどに比べると、雑巾がけはたしかに重労働です。裏返せばそれは、身体を動かすということでもあります。家事労働の負担を軽減するために数々の電化製品が生まれたおかげで、運動不足に陥っているのが現代人。立ったりしゃがんだりを繰り返す雑巾がけは、家事労働の中でもとりわけ運動量が多く、1時間の雑巾がけで約200キロカロリーを消費するという話も。ウォーキングやジム通いのつもりで、雑巾がけをするのもいいかもしれませんね。
そしてもちろん、掃除の上でのメリットも。かがんだ姿勢で行なう雑巾がけは、目線が低くなるので、床に落ちているものにも、また残った汚れにも、気づけます。つまり、目が「行き届く」ということ。ていねいな暮らしというのは、まさにそんなところから始まるのでしょう。

雑巾をたっぷり用意

雑巾がけ作業で意外と面倒なのは、何度も雑巾をすすいでは絞るという手間です。かといって、すすぎを面倒臭がっては、拭いたつもりが汚れをつけることになってしまいます。そこで、ある人が勧めているのは、たくさんの雑巾を用意しておく方法。マンションなら10枚くらい、一戸建てなら20枚くらいの雑巾を用意しておき、拭き掃除の前にすべて濡らして洗濯機で絞っておくのだとか。そして表裏とも使って汚れたら、バケツですすがず、次の新しい雑巾を使い、常にきれいな雑巾で掃除。途中で雑巾が足りなくなったら、半分使った時点で洗濯機を回して絞っておくといいます。たしかに、きれいな雑巾で拭けば汚れがちゃんと取れているかどうかも、雑巾を見て確認できそうですね。

繰り回しの知恵

いまでこそできあがった新品の雑巾が売られていますが、かつて、雑巾は使い古した布やタオルを再利用して家で作るのが当たり前でした。浴衣(ゆかた)が赤ちゃんのおしめになり、最後は雑巾に。でも実は雑巾が最後ではなくて、使い切ってボロボロになった雑巾は、さらに風呂や竈(かまど)に火をくべるときの火種に用いて、最後の最後まで使い切ったとか。火を焚く風呂や竈がなくなった今でも、禅寺では玄関の三和土(たたき)や庭の敷石などの泥汚れをぬぐうなど、もうこれ以上使えるところはないというところまで使い切って、「ものの命」を生かすといいます。
ちなみに、お坊さんが身につける「袈裟(けさ)」、別名「糞掃衣(ふんぞうえ)」も、そうした繰り回しの知恵から生まれたもの。お釈迦さまの時代、貧しい人々が糞を拭うのに使うような着古した着物のなかでもまだ状態のいい部分を切り取り、つぎはぎして一枚の布に仕立てたのがそのルーツだそうです。

家事をノルマとしてとらえたら、日々の掃除は早く終わる方が効率的です。忙しいときには乾いたモップでサッと済ませたいし、床拭き用のロボットもきっと便利でしょう。しかし、一日を清々しくスタートするために行うのが掃除と考えたら、自分の手や身体を使ってする雑巾がけの意味もわかるような気がします。ものがあふれている今、昔ながらのシンプルなやり方を見直してみることで、自分にとって本当に必要なものが見えてくるかもしれません。

※参考図書:『「雑巾がけ」から始まる 禅が教える ほんものの生活力』(有馬頼底/集英社)

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