研究テーマ

江戸の仕事 ─使い尽くす暮らしのために─

江戸時代の長屋に住む落語の登場人物、熊さんや八つぁんは、時に店賃(たなちん=家賃)を滞納しても、長屋を追い出されることは、まずなかったといいます。人情に篤い大家さんのおかげかと思いきや、実はもっと現実的な理由があって、しかも、それが江戸の循環型社会を支えるものの一つだったとか。今回は、江戸のエコな暮らしと結びついていた、さまざまな「仕事」をご紹介しましょう。

使い回して使い尽くす

18世紀初頭には人口100万人を超えていたとも言われる江戸。歌川広重の『名所江戸百景・春の部』には、江戸のメインストリートともいうべき日本橋界隈が描かれていますが、大勢の人が行き交う広い通りにはゴミひとつありません。
そうした風景の背景にあったのは、「モノを大切に使い回し、最後まで使い尽くす」という、江戸の人々の暮らしぶり。そしてそれらは、「修理・再生業」「回収業」といったさまざまな「仕事」によって支えられていました。循環型社会のために必要な「Reduce(ゴミ削減)、Reuse(再利用)、Recycle(再資源化)」の「3R」が、すでに江戸時代に実践されていたのです。

茶碗の欠けから下駄の歯まで

修理・再生業の筆頭にあげられるのは、欠けたり割れたりした瀬戸物を「焼き接ぎ(やきつぎ)」する職人です。高価な陶磁器の補修に使われる「金接ぎ(きんつぎ)」は漆で接着しますが、「焼き接ぎ」は白玉粉と呼ばれる鉛ガラスの粉末を塗り付け加熱して接着。もっぱら普段使いのものの補修に使われたようで、旗本屋敷の跡地である東京新宿区の払方(はらいかた)町遺跡からは、焼き接ぎされた碗、皿、土瓶、散蓮華(ちりれんげ)などが400点近くも発見(※)されています。
古い鍋や釜など、鋳物製品の修理・修繕を行うのは「鋳掛屋(いかけや)」。その他、すり減った下駄の歯の部分だけを新しいものに差し替えてくれる「下駄の歯入れ」、破れた提灯の紙を張り替える「提灯の張り替え」、桶や樽の箍(たが)を締め直す「箍屋(たがや)」、キセルの竹管部分(=羅宇:らお)に詰まったヤニを掃除したりパーツの交換をする「羅宇屋(らおや)」、切れ味の悪くなった刃物を研ぐ「研ぎ屋」、壊れた錠前を修理する「錠前直し」、算盤(そろばん)の修理や交換を行う「算盤直し」などなど、あらゆるものを修理してくれる職人が江戸の町にあふれていたといいます。

※新宿区ホームページより

回収して再利用

現代ならゴミとして捨てられてしまうようなものを回収し、ひと手間加えて再利用するのも、江戸の人々の得意技でした。
代表的なものは、現代の「ちり紙交換」にあたる「紙くず買い」や「紙くず拾い」。回収された古紙は汚れ具合によって選別され、漉き返され再生紙として生まれ変わったといいます。長さが1~2㎜ぐらいのパルプ繊維でできている現代の紙に比べ、伝統的な和紙は10㎜以上もの長い植物繊維でできたもの。添加物もないので各種の古紙を集めてブレンドしても漉き返しやすく、さまざまな紙に再生することができたのです。
その他、同業組合のメンバーだけで1200軒近くあった(享保8年の記録)という「古着屋」、古くなった傘を下取りして紙を張り替え骨を削り直して新品同然に再生する「古傘買い」、蝋燭を燃やした時に溶けた蝋を買い集めて新しい蝋燭に再生する「蝋燭(ろうそく)の流れ買い」、古くなったシュロの箒を解いて縄やタワシに再生する「箒(ほうき)買い」、不要になった献上品や贈答品を引き取りラッピングを変えるなどして再生する武家向けのリサイクル業者「献残屋(けんざんや)」などなど。灰は、植物資源の最後の形ですが、江戸ではこの灰でさえ専門の「灰買い」がいて、農業用の肥料や洗剤、染料、アク抜き、傷薬として使われたといいますから、究極のリサイクルといってもよいでしょう。

大江戸を支えた下肥買い

数ある回収業の中でも、江戸の町並みと人々の健康を保つ上で大きく貢献したのが、「下肥(しもごえ)買い(汚穢屋:おわいや)」でした。
江戸の人口の増加に伴い、近郊農家ではより多くの収穫が必要となり、最も効果のある肥料として期待されたのが糞尿。肥桶を担いでその回収に回ったのが、汚穢屋です。特別な設備もエネルギーもいらず、ただ集めるだけでチッソやリンを豊富に含んだ有機肥料を入手できたのですから、近郊の農家は競ってそれを求めました。冒頭で記した落語の熊さんや八つぁんが、店賃を滞納してものんびり構えていられたのも、実は、店子(たなこ)の排泄する糞尿が大家さんの収入源になっていたからなのです。
江戸で排泄された大量の糞尿は、汚穢屋によって買い取られ、汚穢舟に積まれて近郊の農村まで運ばれました。そしてたっぷりの栄養で育てられた野菜は、逆コースをたどって江戸へ行き、その野菜と交換で排泄物を回収し、また肥料にする。こうした無限リサイクル・ループのおかげで、人口100万人の江戸の町並みは清潔に保たれ、大都会には珍しく、江戸では新鮮な野菜を食べることができたといいます。

現代のように物資が豊かではなかった江戸時代。人々は、知恵を絞ってあらゆるものを大切に使い、わずかに残った灰や人間の排泄物さえも肥料として土に戻し、限られた資源を使い尽くしていました。そうした暮らしぶりが、自然に循環型の社会を生み出し、自然に恵まれた生活を営むことにもつながったのでしょう。
一方、あふれるモノに囲まれ、それを使い捨てながら暮らしている私たち現代人。本当の「豊かさ」はどちらにあるのか、そろそろ本気で考える時期に来ているのかもしれません。ご意見、ご感想をお寄せください。

参考:歌川広重の『名所江戸百景・春の部8』

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