研究テーマ

競争社会から協力社会へ ─「新得共働学舎」とソーシャルファーム─

北海道の中央部、美しく雄々しい東大雪の山々と日高山脈に抱かれた新得町。人口6千3百人余りの町ですが、東京都の約半分もある広大な大地に3万3千頭以上の牛がいることでも有名です。この町の、通称"牛乳山"のふもとにあるのが、「新得共働学舎」(代表:宮嶋望さん)。ここでは、さまざまな理由から社会での居場所が見つからない人、心身に重い妨げを抱えている人たちが働いています。今回はこの農場をご紹介しながら、弱い立場の人が働くソーシャルファーム(社会的企業)について考えてみましょう。

共働学舎のはじまり

共働学舎の創始者、宮嶋眞一郎さん(宮嶋望さんのご父君)は今年4月、92歳で亡くなられましたが、元"自由学園"の熱血教師で敬虔なクリスチャンでした。「競争社会ではなく協力社会をつくりたい」との思いから50歳で退職し、1974年、長野県小谷村に障害者の自立支援のための「共働学舎」を設立。その名前には、「共に働く学びの舎」「農業家族」といった思いが込められています。
「親父に、結婚を記念して小谷村に植樹をしろと言われ、それはいいと思ったが、1本ではなく500本だった。今は林になっています」と望さん。人も自然も時間をかけてじっくり育つことを実践的に教える父、眞一郎さんの思いは、息子である宮島さん兄弟に受け継がれ、現在では4カ所(北海道2か所、長野2カ所)の共働学舎で約140人のメンバーが生活しています。

自分の居場所

望さんが新得町に共働学舎を開設したのは1978年。それから36年の間に、多くの人たちが巣立っていきました。現在約60人がこの農場で生活していますが、その多くは、以前「ひきこもり」「不登校児」「障害者」「非行少年」などと呼ばれ、悩みを抱えながらこの地を訪ねてきた人たちです。社会になじめなかった若者たちが、なぜ共働学舎では少しずつ自分を取り戻していけるのでしょう?
ここでは、酪農をしながらチーズを作り、有機栽培の野菜を作り、工芸品を作り、生活に必要な最低限の経費をまかなっています。自分たちの手で、自分たちの生活を支えている。その感覚がモチベーションを高め、来たばかりのころは心を閉ざしていた人も変わっていくといいます。また、ここで作るチーズが本場欧州で受賞し世界的に認められたことで、より良いものを作るためにチームとして頑張ろう、という連帯感も生まれているようです。

自分を取り戻していく場所

共働学舎では、「自分に合った仕事」を「自分のペースで」することができます。牛や豚、鶏など動物たちの世話、野菜作り、搾ったミルクでのチーズ作り、ケーキなどの農産加工や工芸品(トウモロコシ人形やリース)作り…農場には、誰もが何らかのかたちで関われるさまざまな「仕事」があります。家や牛舎も自分たちで造ります。毎朝その日に自分がやることを自分で決め、行動し、結果を受け取る。ここには、自由な主体性があるのです。
また作業を分担して働くことで、お互いに支え合い、学び合うという連帯感も。サリドマイドのある青年がモップを首に挟みながら必死で掃除している姿を見て、それまであまり働かなった仲間たちが働き始めた、という話も聞きました。
さらに大きな役割を担うのは、動物たちの存在です。動物は正直で駆け引きをしません。性格もいろいろ違うし、好き嫌いもはっきりしています。そして何より、世話をすればするほど、その人に応えてくれます。動物の世話を始めて3ヵ月くらい経つと、最初のうちは険しい顔をしていた人も柔和な顔に変わっていくとか。こうして、学舎の中で少しずつ居場所を見つけ、自分を取り戻していくのです。
ここではまた、誰もが入りやすく熟練度を増していける「手仕事」を大切にしています。むしろ意図的に、随所に手仕事の場を広げていく。それは、将来自立するとき、手仕事の技術が生活を支えてくれることを期待しているからでもあるのです。

自然との一体感が生み出す高品質

共働学舎では、ハンディのある人の自立を支える一方で、本場・欧州で認められるほど質の高いチーズを作っています。素人の集団が、なぜ海外で認められるほどの高品質なチーズを生み出すことができたのでしょう?
それを可能にしているのは、人と自然が一体になった生産。牛の飼育からチーズ作りまで、丁寧に人の手をかけて注意深く一貫生産をしています。同時に、本場フランスのチーズ協会からアドバイスと技術指導を受け、「産業の機械化によって失われた味」を復活するという取組みも。ここでも、「手仕事」がすぐれたチーズ作りを支えます。
微生物など生きものの生命力を丁寧にすくい上げると、本格的なナチュラルチーズが生まれる。この考えは設備にまで徹底されていて、牛舎やチーズ工場の床下には、微生物を活性化して腐敗菌を防ぐために何トンもの炭を投入。自然の環境を整えて自然の力を引きだすことで、高品質を生み出しているのです。一見非効率的に見えますが、宮嶋さんは「思わぬところから"救いの道"につながることを教えられました」と話します。

「働く場」をつくる

ソーシャルファーム(社会的企業)とは、労働市場で不利な立場にいる人の雇用を創出する事業体で、1970年代にイタリアで始まり欧州に普及しました。同じころ日本に誕生した共働学舎も、代表的なソーシャルファームのひとつです。
日本には、障害者や難病患者、受刑者、ニート、引きこもり、シングルマザー、長期休職者などを合わせると、仕事を見つけにくい人が2千万人以上いると言われています。
働くことによって人との結び付きができる現代社会において、働けないがゆえに社会的な孤立や排除が起きる。逆に、社会的排除や孤立があるがゆえに働けない。こうした悪循環を断ち切るためには、「働く場」をつくる必要があります。その解決策の第一歩として生まれた「ソーシャルファーム」は、「新しい福祉」と位置づけられ、企業間競争はあるものの利潤追求が目的ではありません。形態はさまざまですがイタリア、イギリス、ドイツでも取り組みが進み、日本でも約100のソーシャルファームがあるとされています。とはいえ、「新得共働学舎」のように、長い年月継続して成長している例は、まだまだ少ないのが現状です。

フランスのソーシャルファームとしては、無農薬野菜を約120ヵ所で栽培する農園「ジャルダン・ド・コカーニュ」が有名で、ここでは約4千人の雇用を創出しているといいます。同じように、日本での「働く場の創造」も、農業と福祉の連携のなかに見出せるかもしれません。高齢化、後継者不足で耕作放棄が進むなか、遊休農地を活用したソーシャルファームには雇用促進の可能性があるでしょう。一方では、それを支える事業家を育成する必要もあるでしょう。みなさんは、こうした活動について、どんな風に思われますか?

参考図書:
宮島望著「みんな神様をつれてやってきた」(地湧社)
島村菜津著「生きる場所のつくりかた」(家の光協会)

[関連サイト]
共働学舎
共働学舎新得農場

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生活雑貨

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