研究テーマ

風物詩の中の豊かさ ─シラメ釣り─

この時季、川辺などを歩くと、柳の枝先が銀色に光っているのを見ることがあります。春一番に芽吹いて白い綿毛をつけたネコヤナギです。まだ寒気の残る中、春先の光を集めて銀色に輝くその姿に、春の到来を感じる人は多いことでしょう。川の中にもまた、この時季だけ銀色に輝く魚がいるといいます。今回は、釣り人たちに春の訪れを告げる魚、シラメ釣りのお話です。

銀色は春の色

シラメという魚をご存じでしょうか。この時期になると釣り人の間で季語のように交わされる名前だといいます。
春とは名ばかりの2月初旬。禁漁の明けた岐阜県長良川流域では、体が黒く変色して動きの少ない陸封型のアマゴに混じり、スプーンのようにきらきらと輝きながら元気に泳ぐ群れが多く見られます。降海に備えて銀毛化したアマゴ(ヤマメの亜種)、地元の人々がシラメと呼んで愛してきた魚です。
サケ科に属するヤマメやイワナは、もともと、サケと同じように海と川を行き来していました。しかし氷河期後の気温や水温の上昇と共に淡水の中に閉じ込められ、川だけで世代交代を繰り返すようになった「陸封型」と、海に下る「海降型」とに別れていったのだとか。水温の低い冬の間、「陸封型」と呼ばれるグループは、体の色が錆びたように黒くなり、川底でほとんど動かなくなります。その一方、銀色の魚体を跳らせながら、水の表面を流れる餌に向かって盛んに捕食を繰り返すのがシラメ。アマゴの「海降型」グループです。

春先の風物詩

このシラメを目当てに各地からフライマンたちが訪れ、川の流域で「シラメ釣り」が始まります。この時期は水生昆虫も少なく、シラメたちは、大きさ5㎜程度のユスリカと呼ばれる蚊に似た水生昆虫を捕食しています。川面の日の当たるところと影の境目では、捕食活動による水紋(ライズ)が各所で広がり、このライズを追い求めて、フライマンたちは川の流域をかなりの広範囲に移動。ユスリカに似せた毛針を竿に付け、釣り糸を10m以上も振っては放つキャスティングを繰り返すその様は、冬枯れの風景に賑わいを添え、この時期ならではの風物詩となっているのです。

暮らしに密着していた魚

体長20cmほどのシラメは、水温の低い冬の時期を選んで、100km以上に及ぶ海までの距離を下ります。そして、海で半年ほど過ごして40cm程度に成長したら、4月から7月にかけて産卵のために長良川を遡上。成長したこのシラメ(アマゴ)は、「サツキマス(五月鱒)」と呼ばれます。春に川を遡上する力強いマスは、春を心待ちにしていた周辺の人々にとって、心躍る風景。刺し身や煮付け、炊き込みご飯、塩漬けなど、さまざまな料理にしてその味を堪能します。サケのように赤みを帯び、淡泊なうまみのあるサツキマスは、大変なご馳走でもあったようです。
同じようにアマゴの亜種であるヤマメの降海型に、「サクラマス」があります。福井県の九頭竜川、秋田県の米代川、山形県の雄物川や赤川など、主に日本海側に生息する魚ですが、桜の咲く頃に遡上するところから付いた名前でしょう。富山の鱒寿司の素材ともなっているように、サツキマス同様、こちらも地元の人々の楽しみでした。
シラメ、サツキマス、サクラマス…こうした名前から、川で獲れる魚が雪深い山間の貴重な食料であっただけでなく、暮らしに密着して季節を知らせる存在でもあったことがうかがえます。豊かな水の国、日本で、川を行き来する魚を身近に感じ、季節の恵みを心待ちにしながら受け取り、自然と一体になって生きていた人々。その暮らしはつましいものだったかもしれませんが、お金と引き換えに何でも手に入る現代人には持ち得ない「豊かさ」を享受していたともいえるでしょう。

自然は映像や書籍の中にある断片的なものではなく、そこに生きて生まれる動植物すべてのつながりであり、人間もその一部です。でも、現代の特に都会の暮らしでは、そうした実感をなかなか持てなくなっているのも事実です。
古来、季節の催事の中には、自然と共に歩む丁寧な生活から生まれた先人たちの知恵が詰まっています。シラメ釣りで長良川を訪れる釣り人は、そんな豊かさに呼び寄せられているのかも知れません。

皆さんは身近な季節の風物詩のなかに、どんなことを発見されますか?
ご意見、ご感想をお寄せください。

※写真提供:釣り人社

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