研究テーマ

若者の四国巡礼

四国八十八か所巡り。お遍路と呼ばれる「四国巡礼」に、一度は出かけてみたいと思ってらっしゃる方も多いのではないでしょうか。お遍路というと年配の方というイメージがありますが、近年は若い人のお遍路も増えているとか。昨年放映されたNHKクローズアップ現代でも、そのような話題が取り上げられていました。そもそもお遍路とは何か、なぜ若者がお遍路に行くのか、その魅力はどこにあるのか、などについて考えてみたいと思います。

空海と八十八か所

大辞林という辞書で「遍路」を引くと、「祈願のために、弘法大師修行の遺跡である四国八十八か所の霊場を巡り歩くこと。また、その人」とあります。後に醍醐天皇より弘法大師の名を賜った空海は、宝亀5年(774年)、今の香川県の善通寺市に生まれます。叔父に師事して仏教や儒教を学んだ空海は、当時の大学に通いますが、途中で退学し、密教の秘法を修めるべく、若くして山岳修行に入ります。その修行の地となったのが四国の険しい山々や海辺で、空海が開いていった霊場が八十八か所あり、それを巡る旅が「四国巡礼」になったといわれています。お遍路には「同行二人(どうぎょうににん)」という大切な精神があります。これは旅をするのは一人だけれど、常に弘法大師空海とともにあるという考えで、苦難の末に煩悩を一つずつ落とし、大日如来と自分自身を合一化することが旅の目的。つまり、極めて宗教的な意味合いの強い行為なのです。

四つの道場

四国四県のお遍路には、それぞれに意味があります。阿波(徳島県)は「発心の道場」で、空海が人々の救済を発願した土地。ここから四国巡礼は始まります。次が土佐(高知県)で「修行の道場」。三番目の伊予(愛媛県)は「菩提の道場」といわれ、ここまで来るとお遍路さんは煩悩から解放され、悟りを得る境地に近づくとか。そして、最後の讃岐(香川県)が「涅槃の道場」。煩悩を捨て去り、いよいよ悟りに到達する土地です。第八十八番の札所となる大窪寺(おおくぼじ)はこの讃岐にあり、ここで遍路は結願します。もっとも四国巡礼の起源については分からないことが多く、八十八か所になったのもいつ頃からかはハッキリしません。「発心」「修行」「菩提」「涅槃」の順に霊場を巡り、悟りの境地に近づいていくわけですが、現在は順序にはこだわらず、どこの札所から回ってもよいとされています。

死出の旅

今でこそクルマや観光バスで回れるようになったお遍路ですが、昔は「死出の旅」といわれるほど、命がけの旅だったようです。全行程1,400㎞といわれる遍路道は、当然のことながら整備されておらず、険しい山中の道なき道を行く旅であり、道中に休む場所はほとんどなく、ところどころに「遍路ころがし」と呼ばれる難所があり、実際に落命する者もあったとか。常人には成しえない修行を行い、生死の境をさまようことで死を見つめ、生を悟る、そのような深い意味合いが遍路にはあるのです。お遍路の正装とされる白装束は、いつどこで行き倒れてもいいという、死の覚悟を表したものといわれています。

再生の旅

もちろん現代のお遍路には、命を賭すような厳しさはありません。第四番札所大日寺の住職である真鍋俊照さんは、著書「四国遍路 救いと癒しの旅」の中で、若者の遍路に触れ、「近年の四国遍路は、かつての『死出の旅』から変わって、『癒しの旅』という意味合いが強くなっている」と書いています。
なぜ、遍路をすると癒されるのか。理由の一つは「お接待」と呼ばれる地元の人々のもてなしにあるといいます。接待とは仏教で、通りすがりの修行僧に茶湯などを振る舞うこと。この温かい地元の人との交流や、お遍路さん同士の間に生まれる連帯感などに、若者の心は少しずつ癒されていくのです。
もう一つは、自然の中で自分の限界と向き合う体験にあるといいます。体力の極限に挑み、それを乗り超えた経験が自信となり、それが「自分をありのままに受け入れる」という自己肯定感につながるのだとか。閉塞した日常にあって「『死者のように生きている』という状態から、再生するための一つの行動」が若者のお遍路ではないか、というのが真鍋さんの見解。このような癒し・再生の旅としての側面は、これまでの遍路の歴史にはあまり見られなかったものとのことです。

しかし、仮に遍路が「自分を再生させる旅」として機能するのであれば、空海もまた同じような思いを抱いて旅に出たのではないでしょうか。あくまでも想像にすぎませんが、10代の若い空海が大学を辞め、密教の修行に身を投じた背後には、それなりの心の葛藤があったと推察されます。今、この飽食の世に生まれた若者にとって、1,400kmもの道のりを歩き通すのは、まさに苦行に等しい行為。その苦しみの果てに得られる"何か"を探し求めているのであれば、それは立派な修行と言えそうです。そういう意味では、現代の若者の「癒しの旅」こそ、そもそものお遍路の姿に最も近いものなのかもしれません。
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