研究テーマ

ローカル列車の旅

東京から名古屋まで、わずか40分。リニア中央新幹線が実現すれば、中京圏から東京までの通勤も夢ではなくなります。このように列車のスピードアップが図られる一方で、車窓に流れる風景をゆっくり楽しみながら旅をしたいという人も増えています。より速く、より効率的に、という時代の本線から脇にそれ、今回は支線をのんびり走るローカル列車の旅について考えてみました。

流れゆく時を楽しむ

街中を走る電車のほとんどにエアコンが付いた今でも、ちょっと地方に足を伸ばせば、開いた窓から風が入ってくる列車が走っています。海沿いや山間部を縫うように走る列車に揺られ、草木や潮の匂いをかぎながら、車輪がレールを打つ音を聞くのは心地いいもの。鉄道は移動の手段ですが、その手段そのものを楽しんでしまおうというのが、ローカル列車の旅なのです。
手段が目的なのだから、これといった目的がない。だから風景とともに、流れゆく時を心ゆくまで味わい、楽しむことができる。とはいうものの、本数の少ない地方の列車を乗りこなすには、それなりの知識と経験が必要です。そこで日本旅行作家協会理事の野田隆さんのセミナーをのぞき、ローカル列車の旅を楽しむためのヒントをいただきました。

鉄道の旅は三度おいしい

ITが普及した今の時代、スマホやパソコンの乗り換え案内を使えば、目的地までの行き方はすぐに分かります。でも、ローカル線の旅をするのに、これは何とも味気ない。料理で言えば、出来合いのものをチンするようなものでしょう。旅の楽しみは3回あると野田さんは言います。①計画を立てる楽しみ。②旅をする楽しみ。③思い出にふける楽しみ。旅行に出かける前に、時刻表を開いて乗りたい列車を探す。「ここでこの列車に乗って、この駅で途中下車して」などと想像をめぐらすのが楽しいのです。また、旅先で撮った写真や記念品、メモなどを見返して振り返るのも旅の興趣とか。くり返し出かけるのであれば、思い出ノートのようなものを作るといいかもしれません。と、ここまで書いて気づいたのは、ローカル列車の旅は「探す」「想像する」「思い出す」など、心の動きと直結していること。「体」だけではなく、「心」も一緒に移動するので、旅の楽しみが倍増するのでしょう。

小説の中を辿る旅

ただ旅をするだけでもいいのですが、テーマを持って列車に乗るのも面白い。野田さんお勧めの旅の一つが、「小説の中を辿る旅」です。古今東西の小説の中から、列車が登場するものを選び、作中の描写を辿るように旅をしようというもの。たとえば太宰治の「津軽」。これは作者が故郷青森県を周遊したときの体験を書いた作品です。小説の記述を元に復刻版の時刻表で調べると、太宰は青森15時15分発の奥羽本線の普通列車に乗って川部へ向かい、そこから16時36分発の五能線で五所川原へ行き、津軽鉄道に乗り換えて18時07分に故郷の金木に着いたと推察されます。ここで驚くのは、今もなお当時と似たダイヤの列車が走っていること。青森発15時26分の普通列車で川部へ、そこから16時23分発の快速「リゾートしらかみ」に乗り、さらに五所川原で津軽鉄道に乗り換えると、金木到着が17時14分。太宰の頃より50分ほど早いものの、ほぼ同じような行程で列車の旅が辿れます。車窓を流れる津軽の風景を眺めつつ、太宰が何を思ったか、想像するのも楽しい旅です。
※列車の時刻については「テツはこんな旅をしている」(野田隆著 平凡社新書 2014年3月14日発行)を参照

「ついで」の活用

ローカル線に乗るには、わざわざ遠くへ行かなくてはなりません。「時間もかかるし、お金もかかる」。そんな人にお勧めなのが「ついで旅」という列車の旅。出張のついで、同窓会のついで、法事のついでなど、何かの用事にかこつけてローカル線の旅を楽しむという寸法です。たとえば札幌出張の最終日、帰りの飛行機を少し後ろにずらして予約する。空いた時間を利用して、札幌から苫小牧へ、そこから室蘭本線に乗り、追分、岩見沢を通って札幌に戻ってくるのです。特に室蘭本線は、本線と名がつくものの、ローカル線気分を十分に味わえる路線だとか。野田さんは「出張ついでのローカル線」(メディアファクトリー新書)という本で、全国10都市から訪問可能なローカル線の旅20プランを紹介しています。近々出張のある人にはお勧めの1冊です。

厳しい現実も

のんびり豊かな気分に浸れるローカル線の旅ですが、一方では厳しい現実もあります。過疎化や自動車の普及で乗客が減り、廃線に追い込まれる路線があるのです。旅人にとっては楽しみが奪われるだけですが、地元の人にとっては大切な足を失うことに。買い物を鉄道に頼っていたお年寄りなどには、さぞや痛手のことでしょう。
北陸新幹線や北海道新幹線、リニア中央新幹線など、日本の鉄道はどんどんスピードアップしていきます。また、JR九州の「ななつ星in九州」を筆頭に、超豪華な寝台列車が次々と誕生する予定。効率や利便性、快適や贅沢を求める客のニーズに応えるために、日本の鉄道はますます進化していきます。しかし、一方で切り捨てられている大切なものがあることもまた事実。「ゆっくり」「一歩一歩」「急がずに」といった人間味ある価値観が、地方の路線とともに失われているような気もします。

日本からローカル線の火を絶やさないためにも、秋の1日、のんびりした列車の旅に出かけてみてはいかがですか。
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生活雑貨

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