研究テーマ

台風をこわがる

著作者: NASA/ISS/Karen Nyberg

突然ですが、「二百十日」という言葉をご存じですか。広辞苑を引くと、「立春を過ぎて210日目。9月1日ころ」とあります。ちょうど今の時期、稲の花の開く頃で、日本列島に台風がよく来ることから、古来より農家では厄日とされ、恐れられてきました。今回は、地球温暖化のために年々強大化すると言われる「台風」についての話です。

過去最強の台風?

「天災は忘れた頃にやって来る」。これは物理学者であり随筆家である寺田寅彦が残した言葉だと言われています。人は被災した直後には恐ろしさを身にしみて感じるが、しばらく来ないうちにそれを忘れてしまうという意味です。
今年7月の上旬に、台風8号がやってきました。この台風は沖縄地方に接近する前に930ヘクトパスカルまで発達し、「過去最強クラス」という触れ込みで九州に上陸。長野県の南木曽町で発生した土石流をはじめ、日本各地に災害の爪痕を残しました。しかし、関東の南岸を通過する頃には勢力が弱まり、「あれ? どこへ行った?」「大騒ぎした割にはたいしたことないな」と、拍子抜けした方も多かったようです。でも、この油断にこそ恐ろしさが潜んでいる。寺田寅彦はそう戒めているのではないでしょうか。

そもそも台風とは

著作者: NASA Goddard MODIS Rapid Response Team

台風は、日本のはるか南方の熱帯付近の海上で発生します。台風の元となるのは、ゲリラ豪雨のような集中豪雨をもたらす積乱雲。この積乱雲の群れがいくつも寄り集まり、組織化してくると、地球の自転の影響を受けて、反時計回りにゆっくりと回転を始めます。このようにバラバラだった雲がひとかたまりになり、渦を巻き始めると「熱帯低気圧」となり、このうち中心付近の最大風速が約17m/sにまで発達したものが「台風」であると定義されています。ちなみに台風とは北西太平洋または南シナ海で発生したものを言い、大西洋では「ハリケーン」、インド洋では「サイクロン」と、それぞれの名で呼ばれています。

巨大な海の怪物

台風は自然現象ですが、その発達の過程を見ていると、まるで一個の巨大な生命体のようにも思えてきます。台風にエネルギーを供給するのは、熱帯地方の暖かい海。大きな積乱雲の塊は、熱した海から大量の水分を補給し、上昇流で空へ持ちあげ、次々と新しい積乱雲を作りだし、ゆっくり回転しながら北上していきます。まるで海の熱を食べて巨大化する怪物のよう。発達すればするほど、つまり中心付近の気圧が下がれば下がるほど、水蒸気を吸い上げる力は強くなり、台風は強大化していきます。
台風発達の目安となる海面水温は28℃とされ、それ以下の温度の海域では、勢力は変わらずか、衰え始めると言われています。日本付近に来て勢力が弱まる台風があるのはこのためです。ただ、懸念されるのは、地球温暖化の影響で、日本付近の海面水温が高めになっていること。気象庁の研究では、海面水温の上昇は今後も続くと予想され、台風のさらなる強大化が心配されています。

正当にこわがる

かつて日本は、いくつもの大きな台風の襲来を受け、甚大な被害に見舞われてきました。たとえば昭和34年の伊勢湾台風。929ヘクトパスカルという強い勢力を保ったまま和歌山県潮岬の西に上陸し、死者4,697名、行方不明者401名を出しました。昭和9年の室戸台風は、死者2,702名、行方不明者334名を出し、また、昭和20年、終戦直後に鹿児島県に上陸した枕崎台風は、死者2,473名、行方不明者1,283名を出しています。この3つの台風が日本に上陸したのは、いずれも9月です。
ただ、幸いにもここ50年間は、千名規模の死者を出す台風は日本に上陸していません。そのためか、私たちのどこかに、台風を甘く見る"心の隙"が生まれているような気もします。冒頭に紹介した寺田寅彦は、随筆の中でこんな言葉を残しています。「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」と。天災を舐めてはいけない、かといって、いたずらに恐れるばかりでもいけない、ということでしょう。

気象庁は昨年8月30日より、「特別警報」の運用を始めました。従来の警報の基準をはるかに超えるような甚大な災害が発生する恐れのある場合に出される警報で、発表された場合は「ただちに命を守る行動をとってください」という強い言葉で呼びかけます。甚大な災害を未然に防ぐための施策ですが、問題はその予想が外れたとき。「なんだ」「たいしたことないじゃないか」と思うことで、かえって油断が生じてしまっては意味がありません。たとえ予想が外れても、「十分に備えたけれど、何事もなくてよかった」と思うべきではないでしょうか。

地球温暖化にともない、各地で異常気象が多発しています。今後は私たちの想像をはるかに超える災害が起こる可能性も十分にありえます。そんなとき、"想定外"という言葉を口にせずにすむように、私たちは日頃より、天災を"正当にこわがる"訓練をしておく必要があると思います。

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