研究テーマ

雨の名前

梅雨入りの直後から、各地で大雨に見舞われた今年。烈しい雨を表現する言葉として『土砂降り』はよく知られていますが、他にも、『篠突く(しのつく)雨』『滝落とし』『鉄砲雨』『大抜け』など、さまざまな名前があります。水の豊かな日本は、雨の多い国。その恵みも怖さも知っていた先人たちは、いろいろな顔を持つ雨にそれぞれ名前をつけることで、雨と上手に付き合ってきたのかもしれません。今回は、雨の名前を通して、日本人と自然のかかわりについて考えてみましょう。

農耕と雨

雨の名前が数多くあるのは、長い間、農耕民族として生きてきた日本人の歴史と無縁ではありません。雨は農作物の出来不出来に直結してくるからです。
万物をうるおし育む恵みの雨は『慈雨(じう)』と呼ばれ、田植えに必要な雨は『水取(みずとり)雨』、日照りの続いた後に降る恵みの雨は『喜雨(きう)』、「いいお湿り」と人から喜ばれる雨は『好雨(こうう)』『佳雨(かう)』。一方、せっかく育てた作物に被害をもたらすのも雨で、作物の実りをさまたげ、人を苦しませるほどの長雨は『苦雨(くう)』と呼ばれます。雨に一喜一憂してきた日本人の歴史が、さまざまな雨の名前を生んだのでしょう。
そういえば、私たちが願い事を書く『絵馬』も、そもそもは雨への祈りから生まれたもの。京都・鞍馬にある貴船神社は、古くから『水の神様』、特に『雨乞いの神』として知られますが、ここは、歴代の帝が、干ばつの時には黒馬を、長雨には白馬か赤馬を奉納して祈願したところ。最初のうちは生き馬を奉納していたのですが、後には馬形の板に色をつけた『板立馬』を奉納したと伝えられ、それが今日の絵馬の原形になったといわれます。

五月雨(さみだれ)

梅雨は、6月上旬から7月中旬にかけて停滞する梅雨前線が降らせる長雨です。梅の実が熟すころに降る雨なので「梅雨」の字をあてますが、「梅雨(ばいう)」はそもそも、中国で使われていた言葉。日本では、古くは「五月雨(さみだれ)」という呼び名のほうが一般的でした。「旧暦の五月(さつき)に降る雨」が『五月雨』で、『五月晴れ(さつきばれ)』も、もともとは梅雨の晴れ間をあらわす言葉なのです。
「『さみだれ』の『さ』は、神聖なもの、尊ぶべきものに冠する接頭語。五月の呼び名である『さつき』も、『さ』が付くことで尊ぶべき月というニュアンスが生まれる」と解説するのは、万葉学者の中西進さん(「ひらがなでよめばわかる日本語のふしぎ」/小学館)。「陰暦五月(新暦では六月)は、農耕民族にとっては田植えが行われる、一年で最も大事な時期だった」のです。

男梅雨と女梅雨

『男振り』といえば、男性の容姿をあらわす言葉です。美男子、好男子の意味合いで、いま風にいえば『イケメン』といったところでしょうか。これが『男降り』となると、大粒の強い雨のこと。剛直であることが男らしいとされた時代を彷彿させる名前ですね。同じように『男梅雨(おとこづゆ)』は、ザーッと降ってはサッと止むのを繰り返す陽性型の梅雨のこと。気性のさっぱりした快活な男性を思わせます。一方、『男梅雨』の対で使われるのが『女梅雨(おんなづゆ)』。しとやかな女性のように、しとしとと長く降り続く陰性型の梅雨のことですが、もしかしたらこの名前、いまの女性像にはあてはまらないかもしれません。雨の名前ひとつから、「男らしさ」「女らしさ」のイメージも時代によって変わっていることがわかりますね。

雨のいろいろ

通り雨、にわか雨、小糠(こぬか)雨などは普通によく知られている雨の名前ですが、他にはどんな名前があるでしょう。「小学館のまほろば歳時記第1集・雨の名前/高橋順子」から拾ってみました。
たとえば『夕立』のような雨の別名は、『白雨(はくう)』『一陣の雨』『一発雨』など。方言を探すと、『山賊雨』や『脅し(おどし)雨』、『御雷様(おらいさま)雨』、『端的雨』、『所降り(ところぶり)』、『婆威し(ばばおどし)』、『もらったあみ』などの呼び名もあります。
暮らしぶりがうかがえる名前では━━『汗疹枯らし(あせもからし)』は、裸で雨に打たれると、あせもが治るという夏の小雨。『宝雨(たがらーめ)』は、日照りの続いた後に降る雨。『親方雨』は、夜の間だけ降って朝はカラリと上がる雨のことで、親方にとって好都合という意味でしょうか。『遣らずの雨(やらずのあめ)』は、お客や恋人の帰る刻限になって、引き留めるように強く降り出す雨。『私(わたくし)雨』『帆待ち(ほまち)雨』『我儘(わがまま)雨』といえば、ごく限られた場所に降る雨。岡山県のある地域では、埃をしずめる程度のわずかな雨を『門掃位(かどはきぐらい)』と呼ぶそうです。
雨の名前が多いということは、それだけ雨が人の暮らしにつながっていたということ。アーケードも地下街も乾燥機も除湿機もなかった時代、農耕に限らず、雨との付き合い方は暮らしの中で大きな位置を占めていたのでしょう。

古来、日本人は自然に寄り添いながら、自然とともに生きてきました。しかし、文明が進むにつれて、人はそういう感覚を失っていきます。特に私たち現代人は、自然を感じ取る感性が鈍っているかもしれません。梅雨というこの季節に、雨の名前をちょっと意識してみる。そんな小さなことが、自然への感受性を磨くきっかけになるかもしれません。
みなさんの地域では、どんな名前の雨が降りますか?

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生活雑貨

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