研究テーマ

3.11に生まれた君へ

「生まれてきてくれて、ありがとう」「君の居場所はここにあるよ」━━そんな想いを託して、その年に生まれた子どもたちに地域から椅子を贈る、『君の椅子』というプロジェクトがあります。そして、そのプロジェクトから東日本大震災の当日に生まれた赤ちゃんに贈られたのが、「希望の『君の椅子』」。そのことについては、以前のコラム「希望の『君の椅子』」でもご紹介しましたが、今回はその続編として、贈られた側のお父さん・お母さんの手記が本になった話です。

『君の椅子』は、子どもが誕生した喜びを地域で分かち合うために贈られる、世界でたった一つの、手作りの木の椅子です。2006年に北海道旭川近郊の東川町で始まった活動は、その後、ゆっくりと着実に広がっていきました。2009年秋からは地域の枠を越え、全国どこに住んでいても個人として参加することの出来る『君の椅子倶楽部』の取組みもスタートしました。
そんな中、2011年に起きたのが、東日本大震災です。プロジェクトの5ヵ月に及ぶ調査の結果、多くの尊い生命が失われたあの日、東北3県(岩手・宮城・福島)で104の新しい生命が産声をあげていたことがわかりました。「3月11日は日本の鎮魂の日となったけど、この日に生を受けた新しい生命に『おめでとう』と言える日にしたい」━━そんな想いから、あの日に生まれた赤ちゃんと家族の元へ「希望の『君の椅子』」を贈り届けるという新たな活動が始まります。

このプロジェクトの代表である磯田憲一さんは、2011年12月から2012年2月まで、計7回にわたって岩手・宮城・福島の計41市町村を訪ねました。できあがった「希望の『君の椅子』」を、赤ちゃんの家族に直接、手渡したいと思ったからです。
同じ日に母親を亡くし赤ちゃんの誕生を素直に喜べなかったという人、友だち夫婦を亡くしたと泣きながら語る人、一生「3.11の子」と言われるのは切ないから出生届けを別の日にしようかとまで考えた人…多くの親御さんたちが葛藤を抱えていましたが、椅子を贈られたことで、少しずつ気持ちの整理がついていったように見えました。
「手づくりのこの椅子は、ほとんど壊れることはないと思うけど、万が一壊れたときは、椅子を持って北海道へ修理の旅に来てください」━━椅子を手渡す旅で、磯田さんは、それぞれの家族に向かってそう話しかけたといいます。それに対して、多くのお父さん・お母さんから返ってきたのは「行きます! 壊れなくても行きます!」という言葉。つくり手と使い手のこうした関係性を大切にしてきた、このプロジェクトの人たちにとって、それはとても嬉しいものでした。

しかし一方で、磯田さんには一つの「心残り」がありました。それは、あわただしい行程のため、一つひとつの家族の「あの日」の状況を十分に聞けなかったこと。「あの日、どのような状況下で時を過ごし、そして新しい生命を迎えたのか。父として母として胸に去来したものは何か。その記憶を形として残し伝えていくことは、成長していく子どもたちにとって未来への勇気となり、また私たちにとってもあの日を記憶し続けていくうえで大切なこと」━━そう考えた磯田さんは、あの日に新しい生命を授かった家族の元へ、手記を依頼する手紙を書きました。そして、寄せられた原稿を記録文集として編集。新しい生命を迎えたお父さん・お母さんが記憶の中から紡いだ手記は、「3.11に生まれた君へ」という1冊の本になったのです。

地震のさなかに病院から脱出して車中で出産した人、余震の続く中で出産した人、生まれたばかりの赤ちゃんを守るのに必死だった人…その状況は想像を絶するものでした。そんな中で、どれほどの「人の想い」に包まれて、新しい生命が生まれてきたのか。当事者自らが書き綴った生命誕生の貴重な記録は、多くの震災関係本の中でも貴重な1冊になるでしょう。そして何より、あの日誕生した子どもたちにとって、生命を未来につないでいく勇気を授けてくれる本となるに違いありません。

去る5月23日の夕べ、札幌エスタ11階JRタワープラニスホールで、「生命(いのち)ことほぐ『君の椅子』」と題したイベントが催されました。会場の中央檀上には歴代の『君の椅子』が並べられ、プロジェクト代表の磯田さんの講演とともに、元北海道放送アナウンサー安藤千鶴子さんが手記の一部を朗読。壮絶な状況の中で、新しく迎えた生命と向き合う親御さんたちの心情に触れ、朗読を聞きながら涙ぐむ人の姿もありました。磯田さんの講演が終わった後、多くの参加者が『君の椅子』に触れ、その手触りや温もり、重さを確かめていたのは、そこに生命の重さや尊さが感じられたからかもしれません。

「誕生日は、いつも追悼の日でもありますが、『君の椅子』という決して忘れられないプレゼントと、多くの人たちが応援してくれた気持ちを糧に、成長をお祝いしていきたいと思います。君の椅子に座って…」━━手記の中にあるように、「希望の『君の椅子』」は、これから先も子どもたちの日々に寄り添っていくでしょう。

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[イベントレポート]
活動レポート > 無印良品スペシャルイベント「北の大地に根ざして」第1回 生命(いのち)ことほぐ「君の椅子」

[関連書籍]
「3.11に生まれた君へ(北海道新聞社刊)」全国の書店で発売中

[関連リンク]
「君の椅子」プロジェクト
くらしの良品研究所小冊子 くらし中心 no.06「手渡すこころ」(PDF:10.3MB)

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