研究テーマ

盆栽

今回は日本の伝統的な美、盆栽について考えてみたいと思います。盆栽とは、植物を鉢に移して小さく育てること。その起源は、中国の唐の時代に行われていた「盆景」に始まり、日本では鎌倉・室町時代に茶の湯の文化とともに武家社会に広まったといわれます。
小さな鉢で育てるためには、大きくならないように剪定し、土も養分も少なくし、生きるぎりぎりのところで育てていきます。あえて大きくしない小さな樹木に、大自然の中で育つ力強さや、自然の作り出す調和を表現していくのです。大自然の営みを小さな世界に投影しながら、人間が手を入れることで、本来の自然よりももっと自然を浮かび上がらせていこうという、とても高度な芸術と言えましょう。

盆栽といえば松が一般的ですが、今回ご紹介するものは楓や、野山の小さな植物を育てているもの。限られた小さな空間の中で花が咲き、実がなり、葉の色も変わり、四季の移ろいが映し出されます。芽が出るときには、まるで音がするかのようです。小さな日々の変化が増幅されて目の前にあらわれ、大自然の中では見落としがちな、小さな命の息づかいを感じることができます。
盆栽は時間がかかります。時間は、小さなものに、さらに物語をつくっていきます。一枚の葉を剪定することで、次の芽が出る位置も方向も決まるのだそうです。なかなか思い通りにはいかないものですが、だからこそ面白いとも言えます。大きくなろうとする植物の力と向き合いながら、しかも枯らすことなく丁寧に育てていく──それは、植物とその植物を育てている自分が一体になっていく過程のようなもので、日本人の美意識が「道」といわれる所以かもしれません。

日本には、こうした小さいものの中に多くの意味を表現しようとしてきた文化がありました。床の間の一輪挿し、焼物の器など、小さくつくることで、余分なものを切り捨て、本質を浮かび上がらせていきます。あえて切り捨てることで、見えてくるもの。時間をかけ、何度も失敗を繰り返し、やっと到達する偶然とも言えるぎりぎりのかたち。そこに、美の本質を見いだそうとしてきたのです。それは決して完成することのない「道」と言ってもよいでしょう。
道を究めるために、小さいものと大きいもの、高いものと低いもの、力強いものと可憐で弱いものといった2つの両極を体現することで、見えない美意識を喚起させます。日本の文化は、さまざまなもの芸術でこうした思想が表現されてきました。例えば室町時代に生まれた千利休の茶室「待庵」は、畳2枚という究極の小さなスケールです。体を小さくしなければ入れない「にじり口」など、小さな空間だからこそ生まれる緊張感と濃密な空気、非日常のスケールが、人間の美意識を揺さぶるのでしょう。写真だけではわからない、体験することによって引き出される美意識は、本当に奥の深いものです。

日本の美意識を究めた盆栽は、ヨーロッパでも「BONSAI」の名で呼ばれ、根強い人気を得ています。
みなさんも、盆栽にトライしてみませんか? 細かなルールにとらわれることなく、道端や公園で摘んだ野草を小さな器で育ててみる。そんな気軽さでいいと思うのです。そこにはきっと、新たな発見があることでしょう。

研究テーマ
生活雑貨