研究テーマ

身近な自然と人をつなぐ ─里山トロッコ列車─

映画『インディー・ジョーンズ』シリーズの第2作目「魔宮の伝説」では、ハリソン・フォード演じる主人公が猛スピードで走るトロッコに乗って逃亡するシーンが印象的でした。でもそれは映画の中のことで、トロッコといえば普通、もっとゆっくり走るもの。トロッコを模したトロッコ列車が全国各地で人気を得ているのも、周辺の景色を味わえるゆっくりした走りにも理由がありそうです。今回は、そんなトロッコ列車の中でも、「里山」の案内役を目的として生まれた千葉県小湊鉄道の「里山トロッコ列車」をご紹介しましょう。

「懐かしい未来」をシェアしたいから

小湊鉄道は、東京湾に面した五井から、房総半島のまん中を南東に向かって走る鉄道です。里山トロッコ列車の運行を開始したのは、今から3年前(2015年)の秋。峡谷や湿原、流氷など珍しい景色を見せるために走ることの多い各地のトロッコ列車に比べて、小湊鉄道のそれはどちらかといえばありふれた田園風景の間を走るもので、珍しいもの好きにはちょっと物足りない感じがするかもしれません。でも、それこそが里山トロッコ列車のめざすところ。かつては暮らしの近くにあたりまえにあった里山にスポットを当て、人と自然がお互いさまで支え合う暮らし方を、「懐かしい未来」として多くの人にシェアしたいと考えているのです。

地域の人々のチカラ

里山トロッコ列車が生まれた背景には、地域の人たちの里山への想いがありました。今から13年くらい前のこと。沿線に住むオヤジさんたちが始めた「里山を取り戻そう」という活動がきっかけでした。定年になり時間的にゆとりも出てきた世代の人たちが、幼い頃のように山菜採りなどをするつもりで里山に入ってみたところ、なんと荒れ放題。自分たちの知っている里山ではなくなっていることに愕然とし、「何とかしなければ」と動き始めたのです。近くの裏山の手入れから始まったそれは、最寄りの駅の清掃活動などにも広がり、駅単位にいくつものグループが自然発生。いつの間にか横のつながりができて、グループ数18、参加者数300人にもなる「南市原里山連合会」になったといいます。
そんな動きに触発され、「私たちが何もしないわけにはいかない」と小湊鉄道が動きだし、それを見て自治体も動きだしました。駅の周りの草刈り、駅の清掃、クリスマスシーズンの飾りつけへと活動が広がり、里山の案内役としてのトロッコ列車にもつながっていったのです。

地域のみんなの鉄道

「南市原里山連合会」の人たちは、自らを「勝手連」と呼んでいます。このグループの考えには大きな柱があり、その一つは、自らの土地を自ら守ること。二つ目は、要求しない(=見返りを求めない)こと。鉄道会社と地元の人との関係は、多くの場合、地元が何かしたら例えば電車の本数を増やしてほしいというように何かを求められるのが普通だといいます。しかし、それを「しない」と宣言して地域のために働くというのですから、並大抵のことではありません。
それというのも、小湊鉄道は大正の初めに地域の人々が小口の出資や土地の提供をした上で、安田財閥に出資要請して建設された鉄道だから。現在も地元の株主が数百人といわれ、多くの人々に「自分たちの鉄道」という想いがあるのでしょう。

自然と融合する

「自然や地域が主役だから、外との境界線をなくすために窓も取り払いました」─小湊鉄道の社長、石川晋平さんはトロッコ列車の意図をそう解説します。機関車は、昭和26年(1951年)まで小湊鉄道で働いていたドイツ・コッペル社製の蒸気機関車を図面通りに復元。客車は、枠はあるけど窓がない「オープン型」と開閉できる防風窓付きの「窓あり型」の2タイプです。「オープン型」の客席の下部は風が通り抜ける立て格子で、天井は光をたっぷり取り込むガラス張り。自然にじかに触れるためのこうした装置がいかに有効かは、トロッコ列車に乗ってみると実感できます。まず感じるのは、頬にあたる風の心地よさ。そして、手をのばせば木々の枝や葉っぱがつかめそうなほど至近距離にある生の自然。窓の開かない高速の電車に乗ったときの自然と分断された感じではなくて、周囲に広がる風景と自分が融合していくようです。

五感がめざめる

トロッコ列車の線路に、つかず離れず流れているのは、房総第一の川、養老川。広がる田園風景あり、崖や山を切り拓いた切通しあり、トンネルあり、景色は地形に沿ってさまざまに変化します。竹やぶ、草むら、草刈りしたばかりの野原、田んぼ、畑、小川…走る場所によって、風の匂い、水の匂いが変わるのがわかります。葉っぱが水を含んでいるところでは、青葉風と呼びたいような薫る風。日向の草刈りをしたばかりのところでは、草いきれ。小川に近づくと、また水の匂い。苔むした岩肌が迫ってくる切通しの断面からは絞り水が湧き出しています。窓がなく、時速25㎞というゆっくりしたスピードだからこそ感じとれる自然の息吹。都会の暮らしでは眠っていた五感が、ゆっくりとめざめていくようです。
「あ、田んぼにシラサギが」「こんなところにコーヒー屋さんが」「稲穂が色づいているね」…感じたことが思わず口をついて出るので、車内の人は見知らぬ同士でもいつの間にか打ち解けていきます。沿線では、子どもやお年寄りが列車に向かって手を振り、乗客が手を振って応えるシーンも。高速で走る乗り物では決して味わえない、人と人とのつながりも生まれています。

『だるまちゃんとてんぐちゃん』などの作品で知られる絵本作家、かこさとしさんが90歳のときに描きおろした風土記のような絵本『出発進行! 里山トロッコ列車』は、小湊鉄道のトロッコ列車がモデルです。そのあとがきで、かこさんは「地域の方とともに着実熱心に進めてこられた計画の、健康であることと未来性に感動し(中略)お手伝いすることとなり」と書かれています。「子どもの力を伸ばすには、小さな自然が必要」(『未来のだるまちゃん』文芸春秋)と語っているかこさんの想いと、里山を走るトロッコ列車に通じるところがあったのでしょう。地域の人々に支えられた鉄道は、身近な自然と人をつなぐことで、懐かしい未来を示唆しているようです。

※参考図書:『小湊鉄道沿線の旅 出発進行!里山トロッコ列車』」かこさとし(偕成社)
※里山トロッコ列車は、12月下旬から3月上旬を除く、原則、金、土、日、祝日に運行します。
[関連サイト]小湊鐵道株式会社 公式ホームページ

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