研究テーマ

みんなで育てる

アフリカのカメルーンで太古の人類の生活スタイルを受け継いで暮らすバカ族は、子育てにも太古のスタイルを残しているそうです。母親は生後3ヵ月の乳飲み子を仲間に預けて森へ薪拾いに出かけ、その間に赤ちゃんが泣いたら、あたりまえのように仲間が自分の乳を与える。そのおおらかな子育てスタイルは「共同養育」と呼ばれ、人類が進化の過程で身につけたものだといいます。

「孤育て」は不安

人間に最も近い類人猿、チンパンジーの母親は、子どもが独り立ちするまでの5年間、わが子に付きっ切りで世話をし、その間、次の子どもを妊娠することはできません。一方、チンパンジーと共通の祖先から分かれた人間は、約700万年という進化の過程で、毎年でも子どもを産める体へと変化。育児をしながらでも次々と出産できるよう、みんなで協力して子育てをする「共同養育」という仕組みを編み出し、そのおかげで子孫を増やして繁栄することができました。
こうした共同養育への欲求は、現代の母親たちの身体にもすり込まれているといいます。ところが核家族化が進む現代の日本は、共同養育とはほど遠い育児環境。本能的な欲求とそれが叶わない現実とのギャップが母親の孤独感となり、ママ友とつながりたい気持ちに駆り立てていると指摘する人もいます。

現代版共同養育

ママ友といえば「公園デビュー」を連想するように、母親同士の社交クラブのようなイメージがないでもありません。が、そうした関係でつながっているのは子どもが幼い時期。「子どもが1歳なら、親年齢も1歳」といわれるように、子どもの成長につれて親同士の関係も成熟していくようです。特にワーキングマザーの間では、ママ友との助け合いが現代版共同養育の機能も果たしているとか。残業や出張で親の帰りが遅くなったとき、その家の子どもを自宅によんで食事をさせるなどはよく見かける光景で、中には、出張中のお母さんに子どもたちの様子をSNSで伝えてあげるという人もありました。
薪拾いに出かけるバカ族の母親は、現代社会に置き換えれば、仕事をもつお母さん。太古の子育てとカタチは変わっても、そこにある支え合いの気持ちに変わりはないのでしょう。とはいえ、ママ友だけで支え合うには限界があります。夫の勤務時間など制度上の問題はもちろん、「母親はこうあるべき」という固定観念の縛りを解くなど、社会全体が子育てに向き合う環境が必要なことは言うまでもありません。

叱ってくれる大人を増やす

「私の知らないところで、もしウチの子がいけないことをしていたら、必ず叱ってね」──あるお母さんは、ママ友とこんな約束を交わしているそうです。友人の子どもが同じようなことをしたときは、自分も親に代わって相手の子どもを叱る約束です。本当は周囲の大人が叱って教えてあげた方がよいときでも、遠慮して口をつぐんでしまうのが現代人。だからこそ、「何かあったときは叱ってください」と親が意思表示しておくことが必要だといいます。
できれば、近所の人にも、買い物に行くお店の人にも、子どもに目配りしてもらい、その都度、注意してもらう。かつてはごくふつうに行われていた「地域全体で子どもを育てる」環境を取り戻すためには、親の方から「お願い」することも大切なのかもしれません。

仕事と子育て

史上最年少でカンヌ国際映画祭カメラドールを受賞した映画監督の河瀬直美さんも、小学生の男の子を子育て中。子どもの授業参観日と海外での映画公開日が重なったときは、着いた翌日の夜パーティーに出て、翌朝には帰りの飛行機に乗っていたということもあるそうです。「『あのとき、いてくれた』みたいなことは、子どもの心にきっと残っているんじゃないかな」と言いつつ、一方では「『あのとき来てくれなかったお母さんが、こんなことをやってたんだ』と大きくなってからわかる、というのもあると思う」とも。そんな「微妙な線を綱渡り」しながらの子育ては、働くお母さんのすべてに共通することでしょう。
絵本「ぐりとぐら」の作者、中川李枝子さんは、17年間、保育士として働きながら創作を続けました。子どもたちと接してきた経験から出る言葉は、「子どもは親の姿をしっかり見ていて、親が困っているときはその気配を感じる賢さがある」「親が仕事で頑張っていることも、子どもは理解しています」というもの。「24時間一緒にいなくてもいいのよ。子どもの喜びに敏感で、子どもがうれしいことを一緒に喜べる、喜びを共有できるって、いいお母さんです」と言われると、なんだかホッとしませんか?

人類が長年かけて培ってきた共同養育というスタイルから、大きくかけ離れてしまった日本の現代社会。日本の子育て環境は、決して恵まれているとはいえません。だからこそ、まずは「頑張っている自分」を誉めてあげる。その上で、「弱い自分」も認めてパートナーや周囲に助けを求めることで、少しは気持ちも軽くなるでしょう。そして、子育てを取り巻く人たちは、その大変さを理解して、少しでも寄り添っていくやさしさを持ちたいものです。そもそも人間は、一人で子育てできるようにはつくられていないのですから。

みなさんの体験やご意見をお聞かせください。

参考:NHKスペシャル「ママたちが非常事態!?─最新科学で迫るニッポンの子育て─」(2016年1月31日放映)

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