研究テーマ

アーカイブして文化を繋ぐ

身近なところでは写真、デジタル画像、手紙、記録書類。
これは自分にとって大切と思う個人のものに始まって、家族、学校、企業、街、都市に広がるそれぞれの記録を保存し、選別し、必要なら修復して残す、「アーカイブ」。
今どのように考えられているのでしょうか。

写真を繕うことは、思い出を繕うこと。

東日本大震災の折に、津波で傷んだ写真を修復するボランティア活動が工学院大学と神戸学院大学の建築研究室を中心に生まれて、私たちも「くらしの良品研究所」からの発信でご紹介しました。発生から5年目を迎えようとするあの大震災は、人命だけでなく過去から繋がった多くのものを奪い去りましたが「写真」もその一つ。思い出のよすが(縁)とも言える写真は人の生きた証なので被災者の方々からの反響は大きなものがありました。送られてくる写真の汚れ具合や痛み具合をよく見て、修復できるものとそうでないものとによりわけ、できるものの表面の汚れを丁寧に取り除く作業から始まった仕事です。
アルバム台帳から写真をはがす方法は? 写真の洗い方は? と初歩的な段階から手をつけ、だんだんにボランティアの数も増え、企業からの画像ソフト・機材提供や技術指導支援もあって多くの依頼に応えるようになっていきました。
"3/11震災後のフォトアーカイブ"として伝えていきたい出来事です。

アーカイブは文化を繋ぐ

ここで視野を転じ、アーカイブの専門的な仕事が文化交流に大きな役割を果たしている好例を見てみましょう。
民芸、といえば日本の近代に日常生活の中の美を再発見することを提唱した民藝運動を思う方は多いでしょう。柳宗悦がつくった東京、駒場の日本民藝館には、英語で言うフォークアートのコレクションがあり、世界の各地から愛好家が訪れています。そしてここにご紹介するのは、柳宗悦に影響を与え、またお互いに触発しあったバーナード・リーチ、浜田庄司など有名な陶芸家たち、そして彼らを支えた窯場の職人さんたちがどのように「民藝」を生み出してきたのかをフィルムのアーカイブで残して世界に更に知らせようとしている人の存在です。
マーティ・グロスさん。カナダ出身のフィルム・プロデューサーですが、日本の文化芸術の作品や現象の中で見過ごされているものに気づくとアーカイブを提案する。1979年には文楽の映画「冥途の飛脚」を、当時の人形浄瑠璃の最高のスタッフの協力を得て制作。これを2010年にデジタルリマスター(修復)した他、市川崑監督の名作で京都市とオリヴェッティ社が1968年に制作した映画「京 KYOTO」などマーティさんの熱意によって公開可能になったDVDなどがあります。民藝については、益子、小鹿田などでリーチが、浜田が、製作した窯元、制作を共にした職人さんたちの中で現存する人、子孫などまでも丹念に取材を続けて完成しようとしています。
この姿勢には、アーカイブは常に生きた情報として役立つべきだというような無言のメッセージがあると思います。日本では、歴史的資料は古文書などの扱いで死蔵されてしまう傾向があり、アーカイブとコンテンポラリーをつなぐこと、また国境を越えての提案を固めることなどがマーティさんに学びたいところです。
古いフィルムがDVDに再生される場合の実際を含めて、ご本人に聞いてみました。

民藝フィルムアーカイブの力

1934年から35年にバーナードリーチが作った16ミリフィルム。1975年にリーチからマーティグロスに修復を託された。

『フィルムそのものがもともと傷つきやすいのですから、それまでに何回も上映されて擦れていたり、収蔵されていた場所の具合や室温などでダメージを受けていることが多いのです。特に日本では湿気が高いので、フィルムは縮んだり巻いてしまっているし、カビも多く出ています。歪みが出てしまったフィルムは化学製品の溶液に入れておいて、その後一々手で伸ばしてやります。白黒は比較的安定しているけど、カラーは退色も激しい。すべてのフィルムが修復できるわけではないのですよ』。

『民藝フィルム・アーカイブは1934年に遡るほど古く、その後あらゆる修復の技法を試みてきました。でも今ではディジタルスキャニングでできるようになり、もう比較できないほどの変化が起きています。一旦フィルムがデータ化されたら、編集したり、タイトルをつけたり、音を合わせたり、画面の明暗も調整できる。全くデジタル化のおかげです。』

『僕にとって民藝フィルム・アーカイブは消えていくものを救わねばということもあるけれど、日本、イギリスや他のところの陶器作りの歴史を深く知ることに役立てたい。だからこそ僕はフィルムのできた時の事を語れる声、肉声を被せています。陶工たちの肉声が、古いフィルムを見る時にとてつもないバイタリティを加えてくれるんですよ』。

くらしの良品研究所では、マーティさんの民藝フィルム・アーカイブに共感し、これからもご紹介していきたいと考えています。

アーカイブは、個人にとっては家族アルバムもその一つ、企業では大きな社史を組むところもあります。創作、生産、など人の営みが伝えられ、受け継がれていくためにこれからもさまざまな試みがなされていくことでしょう。
あなたのお考えや試みをお寄せください。

[連携サイト] Mingei Film - Marty Gross Film Productions Inc.
[公式サイト] 文楽のDVD 「冥途の飛脚」 公式サイト

[関連記事]
工学院大学と神戸学院大学の建築研究室を中心とした東日本大震災の津波で傷んだ写真を修復するボランティア活動
くらし中心 no.10「繕う」(PDF:2.2MB) 10ページ目「こころを繕う」

研究テーマ
生活雑貨

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