研究テーマ

天気を読む(梅雨編)

今年の沖縄地方の梅雨入りは5月20日だったとか。平年より11日ほど遅かったそうです。九州、四国、本州の梅雨入りは、例年だいたい6月初旬から中旬にかけて。この原稿が公開される頃には、すでに梅雨入りしている地方も多いかもしれません。しとしとと雨が降り、うっとうしい日々の続く梅雨ですが、農業用水や生活水の確保という点では、なくてはならない恵みの季節。今回は、日本の雨期である「梅雨(つゆ)」について考えてみました。

ヒマラヤと日本の梅雨

「もし地球にヒマラヤがなかったら、日本に梅雨はなかったかもしれない」。こんな話があるのをご存じでしょうか。ちょうど梅雨の時期、北半球を大きく巡っている偏西風はヒマラヤ山脈などの高山地帯にぶつかり、南北2つの気流に分断されます。北側を行く気流は大陸を通るため乾いた気団に、南側を行く気流は東南アジアを通るため湿った気団になります。この分断された2つの異なる気団がふたたび合流するところに、ちょうど日本列島は位置しているのです。
前線というのは、性質の異なる2つの気団のせめぎ合うところに発生します。よって南北2つの気流の合流するところに前線が生まれ、1ヶ月以上の長きにわたる日本固有の雨期をもたらすのです。「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら世界の歴史は変わっていたかもしれない」といいますが、その伝でいけば、ヒマラヤがもう少し低かったら、日本に梅雨はなかったかもしれません。

人の心と空模様

「女心と秋の空」というように、天気を人の心になぞらえていうことがあります。人間の心理も空模様も、同じように複雑で、予測が難しいからでしょうか。ある気象予報士は梅雨という季節をたとえて、「まるでイライラして機嫌が悪い人のよう」と表現しています。毎日なんとなく愚図ついていて、ちょっとした刺激でヒステリックに爆発しかねないからだそうです。その刺激をもたらす要因のひとつが、梅雨前線上に突然生まれる小低気圧。普段なら取るに足らないような規模の低気圧でも、イラついた梅雨前線を刺激すると、とてつもない豪雨を降らせることがあるそうです。
たとえば、気象庁が「昭和57年7月豪雨」と名づけた、長崎県を中心に起きた集中豪雨も、梅雨前線上に発生した小低気圧によってもたらされました。そのときは7月23日から25日にかけて、小さな低気圧が次々と西日本を通過し、梅雨前線の活動が活発になりました。長崎では3時間に313mmの雨が降り、1日の降水量は448mmに達し、土石流やがけ崩れにより大きな被害が出たそうです。448mmというと約45センチですから、膝上ぐらいまで水が来たということ。しかも、これは平らな場所での話。水は低い方に流れて溜まるので、低地では優に1mを超えたことでしょう。ちなみに長崎市の北にある西彼杵郡長与町では、7月23日午後8までの1時間に187mmの雨量を観測しました。これは日本における1時間あたりの雨量の最高記録になっています。

カラ梅雨

大きな災害をもたらす一方、梅雨の雨が少ない場合は、それはそれで問題が生じます。たとえば平成6年は、全国的に梅雨の時期の降雨が少なく、歴史的な渇水となりました。この年の九州北部の梅雨明けは、なんと平年より18日も早い7月1日頃。7月上旬には各地で取水制限が始まり、夜間の断水も実行されました。この年は関東地方も水不足になり、断水は免れたものの、利根川水系からの取水制限や東京都での給水制限が行われました。降りすぎても、降らなすぎても困ってしまうのが、梅雨の時期の雨。逆にいえば、それだけ絶妙なバランスの上に、地球の気候は成り立っているということでしょう。

温暖化と日本の梅雨

近年、地球温暖化によって、世界中の気候が変わりつつあるといいます。もちろん、日本も例外ではありません。気温や海水温の上昇によって、甚大な被害を及ぼす集中豪雨が、いたるところで起きるようになってきました。台風も規模、勢力ともに強大化し、季節はずれにやってくるケースも増えています。今後、地球の温暖化がさらに進めば、日本の梅雨は長引くことが予想されています。気象庁気象研究所の研究では、100年後には降水量と雨の強度が増加し、梅雨明けが8月にずれ込むのとの予測もあります。つまり、梅雨明けしないまま立秋を迎えることもありえるということ。そんなことになると、稲作はどうなるのでしょう。野菜などの作物は、ちゃんと育つのでしょうか。水害への備えは十分なのでしょうか。果たして日本の国土は気候変動に耐えうるのでしょうか。

偏西風の流れが北上し、ヒマラヤで分断されていた気流がひとつにまとまると、梅雨前線が消滅して、日本は梅雨明けを迎えます。紫陽花の咲く雨の季節から、カラッと陽気な紺碧の夏へ、季節の扉が一気に開かれるのです。
この美しい季節の移ろいは、果たしていつまで続くのでしょうか。日本の四季を守るために、私たちにできることはないのでしょうか。梅雨について調べているうちに、ふとそんなことを考えてしまいました。
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