研究テーマ

森にかえろう

森に足を踏み入れると、多くの人が安らぎを感じ、息を吹き返したように元気になるのはなぜでしょう? 森には、人をやさしく包み込み、人の五感を覚醒させる、目に見えない大きな力があるようです。自然との接点を失ってしまった現代人は、いまこそ、森を取り戻す時期に来ているのかもしれません。

森は人類の故郷

アフリカの森林地帯で生まれた人類は、400万年とも700万年ともいわれる長い間、森の中で狩猟採集生活をしていたそうです。農耕の開始が約1万年前ですから、人類は誕生以来のほとんどの期間を森の中で過ごしていたことになります。
それだけ長い年月を森の中にいたのですから、私たちの心身は、森の中での暮らしに対応すべく進化してきたはず。五感も、それ以外の人間らしさも、森の存在を前提にして発達したはずです。木漏れ日を美しいと感じ、樹々の葉ずれや虫の声・鳥の声に安らぎを感じ、落葉を踏みしめる感触に心地よさを感じるのも、遠い記憶がよび起されるからかもしれません。人類は、森に生まれ、森に育てられてきたのです。

進化は退化?

かつての日本では、燃料や建築素材、食材を調達する場としても、森は生活に欠かせない存在でした。しかし、日々の暮らしの中で森を必要としなくなったいま、もはや大半の人が森と関わることなく生活しています。森の荒廃も進んでいます。実利のあるなしで森の価値をはかる限り、その荒廃に歯止めをかけるのはむずかしいかもしれません。
そうした視点ではなく、人間はそもそも、「森なくしては生きることのできない生きもの」だと考えてみてはどうでしょう。自然から離れて都市で過ごすいまの私たちの環境が、特殊な状況なのかもしれないのです。コンクリートの中で自然の音やニオイなどを遮断して暮らすことに、慣らされてきただけかもしれません。そんな環境でも生きていけるように進化してきたものの、その進化の過程で多くのものを失い、また身体に変調をきたしているのかもしれません。見方によっては、進化という名のもとに身体の機能を退化させ、鈍化させてきたといえなくもないでしょう。
私たちは、いつの頃からか、目に見えるものや形あるものばかりを信じるようになりました。しかし森には光も闇もあり、人間の耳や鼻ではキャッチできない音やニオイが無数に存在します。私たち人類は長い間、そうした空間の中に生きてきて、そうした光や風や音やニオイを皮膚感覚で受け止めていたはずです。

暮らしに森を

自然から遠ざかってしまった現代人は、無理をしながら都市環境に適応しているという説もあります。そんな私たちにいま必要なことは、自分の心身をリセットするために、森の価値をもう一度見直すことではないでしょうか。森で過ごす時間を積極的につくり、日々の生活の中で森の恵みを使い、森を日常の中に取り入れてみる。毎日の散歩コースに森を組み込んだり、山菜やきのこを採りに行ったり、薪ストーブを使ったり…森にかえり、都市生活の中で忘れかけていた五感を少しでも取り戻すのです。
森に近いところで暮らす、という選択肢もあります。そんなこと出来っこない、と思いがちですが、実際、家賃更新をタイミングに、東京都内から神奈川県内の森の近くへ引っ越した家族もあるそうです。都心への通勤に多少時間はかかるものの、森のさまざまな恵みを享受しながら、身近に森がある生活を楽しんでいるとか。何よりも、子どものいきいきとした表情に「森の力」を感じる日々だといいます。少々の不便を承知で、こんな選択をする人が出てきたということは、「豊かさ」の価値基準が変わりつつあることのあらわれともいえそうです。

経済を重視するあまり、森を見失ってしまった私たち現代人。人間としての本来の姿を取り戻すためにも、いま、森へ目を向ける時なのかもしれません。
みなさんにとって、「森」とは何ですか? ご感想、ご意見をお聞かせください。

くらしの良品研究所では、小冊子「くらし中心 №11 森にかえろう」を発行します。店頭での配布は、9月14日(土)からです。ぜひ、ご覧ください。

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