研究テーマ

シルバー世代のためのシェアハウス ─フラットな社会への移行─

世界最速で超高齢社会を迎えた日本は、今後、病院も介護者の数も圧倒的に足りなくなると言われます。2025年には、病院で死を迎えられない老人の数が推定70万人、不足する介護者の数は100万人規模という予測も。今回は、遅かれ早かれ誰にも必ずやってくる「老後」の暮らしについて、考えてみましょう。

シルバー世代を生きる

現代の日本は、高齢者が生きていくには不安だらけの社会です。子育ても家のローンも終わるのが50代の半ば。それから定年までの間に老後の備えをするとしても、あまり時間はありません。退職金のない企業も増えています。財源の不安な年金も、あまり当てにはできないでしょう。定年後も働かざるを得ないのが、日本の社会の現実です。では、一体いつまで働けばいいのでしょう? 老後も、さらなる老後の貯蓄のために働くのでしょうか。現代のように消費を前提とした社会では、常にお金の不安から逃れられそうにありません。
そう考えると、せめて老後には、お金のいらない社会や場所がないものかとも思います。働けるうちは働いて、動けなくなったら静かに自然に死んでいく。そんな生き方はできないものでしょうか。もちろん、いつまでも現役でバリバリ働く高齢者がいてもいいでしょう。でもその一方で、もう何もいらないし、お金も使わない、そんな生き方があってもいいと思うのです。

シェアハウスという暮らし方

例えば、高齢者が集まって住むというのはどうでしょう?それも、できるだけ自分たちで運営できるようなシェアハウスです。若い高齢者が、もっと年齢の高い高齢者の面倒を見るのです。リタイヤしても働かなければいけないのが、今の日本の社会。どうせ働くなら、給与のためではなく、そのコミュニティーのために動き、そして自分が動けなくなったら少し若い元気な高齢者に面倒を見てもらうのです。60歳の人がさらなる高齢者を介護し、仲間のために自分の時間を使う。少子化で家族がサポートし合うことは難しくなる時代、コミュニティーでお互いが助け合って生きていくのです。
助け合いを基本としていても、自分のできることは探し続けていくことも大切でしょう。自分の食べる野菜ぐらいは栽培するといった、お金をなるべく使わない暮らし方を考える必要がありそうです。今、東京都心の高齢者のための有料老人ホームは入居費が2000万円から3000万円、そして毎月20万円前後の費用がかかると言われます。誰もがそんなところに入居できるわけではありません。お金のかからない暮らし方のできるコミュニティーや社会が、そろそろ生まれてもいい頃ではないでしょうか。

フラットなコミュニティー

リタイヤしたら、それまでの肩書きは捨てて、みんなただの人になって誰かのために働く。人が幸せになることが、自分の幸せになる。そんなコミュニティーが実現したとしたら、どうでしょう? それは、競争を前提とした関係ではなく、どこまでもフラットな関係です。高齢者になったら、上も下もない。給与もなく所得の差もない。ただ、人のために生きていく。そんなコミュニティーができたらどうでしょう? 極端なようですが、幸せの原点はそこにあるように思えます。もちろん、すべての人がというわけではなく、そうした選択肢もあれば、という願いです。
もしかすると、年齢に関係なく、こうしたフラットな社会へと時代は移行しつつあるのかもしれません。しかし年齢が高い人ほど、こうしたコミュニティーへ移行しやすいとも言えるでしょう。新しい時代の生き方モデルを、高齢者がつくり始めるというのも、夢のある話です。常に時代の新しい波をつくってきた団塊の世代なら、こんな新しいシルバー世代の生き方を示していけそうな気もします。

高齢化社会を考えるには、たくさんの課題があります。個々人の生き方だけでなく、地域でバックアップする仕組みも必要になってくるでしょう。
みなさんは、高齢化社会について、またその中での生き方、暮らし方について、どんなふうに考えていらっしゃいますか? ご意見、ご感想をお寄せください。

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