研究テーマ

希望の「君の椅子」

子どもが誕生した喜びを地域全体で分かち合い、子どもたちの「居場所」をつくりたい──そんな思いから、その年に生まれてきた子どもたちに椅子を贈る活動があります。北海道旭川近郊の東川町、剣淵町、愛別町の3町が中心になって進めている「君の椅子」プロジェクト。名前と生年月日を刻印した世界にたったひとつだけの椅子が、「生まれてきてくれてありがとう、君の居場所はここにあるからね」というメッセージとともに贈られます。
2006年に始まったこの活動は、ゆっくりですが着実に浸透し、個人で参加できる「君の椅子倶楽部」を含めて1000人を超える子どもたちに贈られてきました。今回は、この「君の椅子プロジェクト」を支える多くの人たちが成し遂げた、ちょっといい話をご紹介します。

3月11日に生まれた希望の子供たちへ

クリックで拡大あの東日本大震災から2年が経とうとしています。震災直後、このプロジェクトの代表である磯田憲一さんは、被災地の報道を見ながら「自分たちに何かできることはないか?」と自問し続けていました。
2011年3月11日。2万人近い方が亡くなられたあの日、被災した岩手・宮城・福島3県でも新しい命が誕生しました。被災された方々にとってはもちろん、それは日本人全体にとっても希望の灯です。その新しい命を祝福したい。磯田さんは「希望の君の椅子」を贈ることを思い立ちます。しかし、大震災さ中のこと、誕生した赤ちゃんの数はまったくわかりません。磯田さんは3町の町長と相談して、被害の大きかった岩手県・宮城県・福島県の全128市町村に「あの日、あなたの町で何人の子供が生まれましたか?」という手紙を出しました。震災の爪あとがまだ生々しく残る時期、個人情報にも関わることです。すべての自治体が最初から協力的だったわけではありません。東川町は福島県、剣淵町は岩手県、愛別町は宮城県と分担して、町役場の担当者が聞き取りにあたりました。そして続々と返事が寄せられ、多くの命が失われたあの日、3県で104人の赤ちゃんが生まれていたことがわかったのです。この人数の把握は、誰も成し得なかった奇跡に近いことでした。

「君の椅子」は、道内外で活躍するデザイナーにデザインを依頼し、北海道産の無垢材を使い、旭川家具のブランドを支える職人の技でつくられます。デザインを担当した中尾紀行さんは、「震災の日はとても悲しい日に違いないが、新しい日本が始まる日になるかもしれない」という磯田さんの言葉に背中を押され、モノづくりの原点に立ち返れたと言います。また、制作を担当した㈱匠工芸社長の桑原義彦さんは、「思春期になって心がささくれるようなことがあっても、この椅子の存在と添えられた手紙、そこに込められた思いが、きっと子どもたちの支えになると思う」と語っています。心配した資金面も、この企画に賛同した企業や個人から支援金が集まりました。

たくましく未来へ

同年12月の岩手県宮古市を皮切りに、2012年2月まで計7回。41市町村で、名前の確認ができた98人の子供たちに、直接この椅子が手渡されました。磯田さんはじめ、北海道3町の町長や担当者、もちろんデザインを担当した中尾さんや匠工芸の桑原さんも一部行程に参加しました。「希望」という名の「君の椅子」は、多くの人の協力で津軽海峡を越えることができたのです。
岩手のあるお父さんは「喜んでいいのか悲しいのか思い惑う10ヶ月だったけれど、椅子をもらって初めて喜んでいいのだと思えた」と語り、また宮城のあるお母さんは「この子は"おめでとう"と言われたことのない子だった。でも今日初めておめでとうと言ってもらえたような気がする」と涙ぐんだそうです。受け取りに来た家族の中には、新しい命と引き換えに身内のかけがいのない命を奪われた方も多数いらっしゃったと聞きます。そして、つい最近のこと。町が混乱する中で名前を確認できなかった宮城県名取市生まれの赤ちゃんのご家族と連絡が取れ、近々椅子が届けられることになりました。1年11ヵ月遅れの贈り物、99番目の「希望の君の椅子」です。

北海道の地方都市の大学のゼミで産声を上げた「君の椅子」プロジェクト。昨年から旭川空港のある東神楽町も加わり、4つの町の2013年生まれの子どもたちが世界にひとつだけの椅子が手渡される日を待っています。東川町・剣淵町で4月に小学校に入るピカピカの1年生は、その成長をともにした「自分だけの椅子」を持っています。
そして2011年3月11日に被災した3県で生まれた子どもたちは、もうすぐ2歳のお誕生日を迎えます。被災地の復興はまだまだ道なかばですが、この希望の子どもたちの健やかな成長が、日本の未来につながると思えてなりません。
今回の活動に際し、磯田さんは「未来のいつか、かたわらの椅子をしみじみ見つめる子どもの胸に、地域に愛され人々に愛された記憶が明日への勇気としてよみがえる日のあることを願っています」と結んでいます。こうした思いが込められた「希望の君の椅子」は、子どもたちの日々に寄り添い、ひとりひとりの思い出を刻み込んでいくことでしょう。

東日本大震災から2年、今年の3月11日を、みなさんはどのような思いで迎えられますか?

「君の椅子プロジェクト」については、当研究所発行の小冊子「くらし中心no6─手渡す心─」(PDF:10.3MB)の中でも詳しくご紹介しています。

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旭川大学・旭川大学短期大学部 > 「君の椅子」プロジェクト

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