研究テーマ

うちわ

節電が求められる夏。家電業界では、サーキュレーターやデスクファンなどの売れ行きが好調だと聞きます。最小限の消費電力で、必要なところにだけスポット的に風を送るところが人気の秘密なのでしょう。その意味でいえば、うちわは電気を一切使わずに涼をとることのできる送風装置。夏の暑さを乗り切るために、昔ながらの智恵を見直してみませんか。

うちわで涼む

扇風機やエアコンが普及する以前、夏の暑さをしのぐために、人々は「涼む」工夫をしていました。家の中の建具を取り外して風通しをよくし、日除けのためにすだれやよしずを掛け、打ち水をし、風鈴を吊るすなどがそれ。しかし、それらは風が吹くのを待つ「自然まかせ」です。その点、うちわは自力で風を送ることのできる道具。「風がぴたりと止んでしまった日中などは、濡れ手拭い(てぬぐい)を肩に掛けて、うちわであおいだ」と、昔を回想する人もいます。うちわはどこの家にも5本や10本はあって、お客さまがあれば、まずはおしぼりとうちわを差し出したもの。昭和30年代までは、昼寝をしている子どもの傍に座り、うちわで風を送っている母親の姿もよく見られました。
エアコンで「冷やす」ことに慣れた現代人の感覚からいえば、まだるい感じがするかもしれませんが、「うちわの涼」には科学的な裏付けがあります。暑さ寒さを感じるのは体感温度によるところが大きいのですが、この体感温度は「熱の移動スピード」によって影響されるのだとか。同じ温度でも空気中より水中の方が冷たく感じるのは、水は空気に比べて「熱を運ぶ力」が大きく、空気中よりも速く体の熱が奪われるため。自分の体から外へ、熱が速いスピードで移動すればするほど、人は「涼しい」と感じるのだそうです。その原理を利用して涼をとるのが、うちわ。うちわであおぐと涼しいのは、風によって体表面の熱が逃げるスピードが増すためなんですね。昔の人は、経験上こうしたことを知っていて、暮らしに上手に取り入れてきたのでしょう。

水うちわ

岐阜県には「水うちわ」という、名前からして涼しげなうちわがあります。これは、竹製の骨に雁皮紙(がんぴし)という非常に薄い和紙を貼り、専用のニスを塗って仕上げたもの。透明な水のように透けて見えることと、長良川の鵜飼(うかい)見物をする人たちが、そのうちわを川の水で濡らしてあおぎ、涼をとったことから付いた名前のようです。
雁皮紙は、かつてはガリ版刷りの原紙として数多く製造されていた紙。原料となるのは山に自生する低木、ガンピの皮で、一般的に使われるコウゾやミツマタに比べて繊維が細く薄く、強度と透明感のあるフィルム状の和紙ができるのです。美濃の手漉き和紙の技術と豊富な竹林、岐阜ならではの川文化があいまって生まれた、風流なうちわといえるでしょう。
一度は途絶えていましたが、10年ほど前に地元の若者たちの努力で復活。大量生産できないため、夏前に売り切れるものも多いといいますが、こうしたうちわが見直され、今なお使い継がれていくところに日本の美意識を感じます。

キッチンのうちわ

うちわは、涼をとるためだけのものではありません。かつて日本の台所には、必ずうちわがありました。その第一の用途は、風を送って竈(かまど)や七輪(しちりん)の火を熾す(おこす)こと。今でも鰻屋さんや炭火焼きの店では、うちわを使って火力を調整しています。七輪で秋刀魚(さんま)などを焼くときも、うちわが欠かせません。秋刀魚の脂が火に落ちて炎が上がったときにその炎を消したり、煙をはらったりするのに使います。
寿司飯を冷ますにも、うちわは必需品。熱々のご飯に寿司酢を振りかけて混ぜるとき、うちわであおいで急速に冷ますと、寿司飯にテリが出るのです。青菜を茹でた後も、うちわの出番。茹であがった青菜に冷水をかけて色止めする方法もありますが、こうすると野菜の旨みが逃げてしまうとか。うちわであおいで冷ますと、色味を保ちながら旨みも逃がしません。夏場のお弁当も、熱いままでフタをすると傷みやすいので、その前にうちわであおいで冷ましておくとよいでしょう。先日のコラム「蠅帳」で、食べものの虫よけの話を書きましたが、飛んできたハエや蚊を追い払うにも、うちわが使われてきました。

うちわの風は、人の手がつくる風です。風向きも風の強さも、使う人の気持ちひとつで変えられる。だからこそ、涼んだり、冷ましたり、はらったり、おこしたりと、いろいろな用途が生まれるのでしょう。
みなさんは、うちわをどんな風に使いこなしていらっしゃいますか?
ご意見・ご感想をお聞かせください。

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