連載ブログ 音をたずねて

質実剛健なホテル/クレイゲラヒー

2012年07月18日

作家 開高健さんの本の中に、氏が泊まりたかったが実現しなかったスコットランド、スペイサイドのホテルとしてこのホテル、クレイゲラヒーは登場します。
500本以上のスコッチを常備し、最高のホスピタリティを誇る隠れ家。酒豪の誉れ高い開高健さんがそれほど泊まってみたかったホテルに泊まれる機会に恵まれました。

スペイサイドと誇らしげに刻まれた看板

なかなか予約の出来ないホテル、クレイゲラヒーに是非泊まってみたいとそれ以来思っていたところ、今回たまたま運良く1日だけ予約をすることができました。開高健さんが本にまで泊まりたかったと書いたホテルがどんなところなのだろうと期待に胸膨らませながらたどり着きました。

クレイゲラヒーホテル外観

近づくとHOTELとだけ大きく書かれた瀟洒な建物が林の中にぽつんと建っていました。アメリカン・スタイルのリゾート・ホテルのように華美なものは一切なく、HOTELと書いていなければ通り過ぎてしまうくらい、楚々としていてとても好ましい印象を持ちました。

ホスピタリティ/もてなしの心

ホテル入り口

ホテルフロント

これがフロントです。小さな机が一台置いてあるだけです。声をかけると奥から年配の女性がニコニコしながら出てきました。簡単なチェックインが済むとすぐに鍵をくれました。どこのホテルでもチェックインには時間がかかるモノと思っていましたが簡単なサインで終わりです。この対応に驚きました。
考えてみればホテルの入り口も小さく、家に入るような感じはフロントの小ささも、イギリス、マルロゥのコンプリート・アングラーと同じであることに気がつきました。

これが渡された鍵です。アトランティック・サーモンを模したブラス製です

ふたつのホテルに共通するのは、予約がとても取りにくいということと、常連の長逗留がとても多いという事でした。長く逗留するスタイルのホテルはこれで良いと思いました。それは、フロントはチェックイン、チェック・アウトとインフォメーションをするだけの役目ですので、出入りする度に気を使うような、アメリカ型の大型ホテルに共通する、客を威圧する巨大さと緊張感はいらないのでしょう。必要な時に用が足せて、それ以外は気にならない存在でいてくれた方が滞在者としては居心地が良いに決まっています。クレイゲラヒーの顧客を思う合理性にとても感心しました。もらった鍵はアトランティック・サーモンの形を模したずっしりと重いブラス製でした。ポケットに入れるとズボンが下がりそうです。後で計ったら250gもありました。後ほど書きますがこれにも意味がありました。

ホテルの部屋です

宿泊で最重要な部屋はそれほど広くはないですが、掃除のいきとどいた家にいるような落ち着きのある部屋でした。

洗面所からの眺め

洗面所とバスルームの眺めは窓越しに見える風景が美しく、ぼーとしながら歯磨きをするには最高でした。

バーのスコッチ

スコッチ2

バーに行ってみると壁一面にスコッチが並んでいました。そればかりかHOTELのあちらこちらに多くのスコッチが並んでいます。その数520種類を優に超えているとの話でした。酒豪、開高健さんが泊まりたかった訳が少し理解できました。地元のシングルモルトを初めほとんどすべてのスコッチ・ウィスキーが揃っているそうです。

廊下各所のすみにあるテーブルセット

こんなコーナーがホテルのあちらこちらにありました。何の気なしに座ると今まで存在を感じなかったボーイが注文をとりに来てくれます。どこから我々を見ているのだろうと考えてみましたがわかりませんでした。

バーコーナーのつきだし

酒のメニューは無く、自分の好きな銘柄のウィスキーか好みをいうと出てくるようでした。一緒に持って来てくれたチーズはまことにすばらしく、モルトの味にとても良くマッチしていました。

ディナーの骨付きラム

ディナーの一例ですがラムの骨付きローストです。しっかりとした量と大変美味しい肉とソースでした。

朝食のキッパー(ニシンの燻製)

朝食のキッパーです。朝食とは思えないボリュームに圧倒されましたが大変美味しく、すべてたいらげてしまいました。どれも無理のない地元料理でした。毎日食べても、いくら食べても飽きない普段食だと思いますが、とても美味しくメニューもかなりあるようでした。食いしん坊で酒豪、粋なことが大好きで、まやかしの嫌いな開高健さんが、本にまで書いて泊まれなかった事を悔しがっていた理由が良くわかりました。日本の良い旅館にも通じる質の高い素顔のサービス。あるようでなかなか巡り会えないホテルに出会った気がしました。長逗留を対象にしているので、値段は手頃ですが贅沢な時間を過ごすことが出来ました。予約が取れないわけも良くわかりました。

そうです。忘れてはいけないのがこのホテルの鍵にとても大きな意味がありました。ホテル中を歩き回り、そこそこスコッチを飲めば鍵を忘れたり落としたりすることも大いにあると思います。この鍵、酔って床に落とすと凄い音がしました。こんな重たい鍵をわざわざ造ってお客様にそれとなく気を使うこの心意気の象徴だという事がわかりました。顧客にとって理想的な距離とサービスを提供。合理性は顧客に対して考えるもので、スタッフの利便性ではないことを教えてもらいました。隅々まで無駄が無く行き届いた配慮に感嘆しました。これもスコットランドの気質がなせる技のような気がします。開高健大兄だったらなんと言って褒めただろう。その文章を見てみたかったとつくづく思いました。

  • プロフィール くらしの良品研究所所員
    Y.Iさん

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