連載ブログ 音をたずねて

ケルト伝説のセント・マイケルズ・マウント

2012年11月20日

写真をご覧になって、フランスのモンサンミッシェルと思われた方も多いと思います。ここはコーンウォールの西の端、ランズ・エンドに近い町ペンザンスから湾を挟んで東にあるセント・マイケルズ・マウントというケルトの聖地です。東のパドストウから移動してコーンウォールの西部ペンザンスの町に投宿しました。今回はランズ・エンドなどこの町の周辺を撮影する予定です。

満潮時のセント・マイケルズ・マウント

ペンザンスの湾を挟んで対岸にあるマラジオンという小さな村の沖にセント・マイケルズ・マウントはあります。この島は11世紀頃にベネディクト派修道院の礼拝堂が頂上に建設されるまでは、ケルトの聖地として多くの巡礼を集めていたようです。この辺りは潮の満ち引きの差が大きく、干潮時には島まで徒歩で渡れるそうなのですが、我々が到着したときはちょうど満潮、島への渡し船が活躍していました。

潮の引きはじめた同じ場所です

翌日潮見表を見ながらB&Bを出て現地に着くと、ご覧のように歩道が現れ島に徒歩で渡れるようになっていました。まだ完全に潮が引ききっていないので、真ん中あたりは濡れています。モンサンミッシェルは今でこそアスファルトの道が付いていますが、以前はここと同じように潮の満ち引きで巡礼路が現れたようです。

だいぶ潮が引きました

モンサンミッシェルはフランス語で聖ミカエルの山と訳しますが、英語で書くとセント・マイケルズ・マウントと同じ意味になります。モンサンミッシェルも元々はケルトの聖地でした。ケルティック海を挟んで対岸のブルターニュまでは約300km。どちらもケルト文化にゆかりの地です。この島にも頂上には礼拝堂があります。セント・マイケルズ・マウントはモンサンミッシェルより300年ほど後に築かれたようですが、目に見えないつながりを感じました。

ロマンと信仰の島

潮が引いて歩道敷きが完全に現れました

この島の歴史は紀元前まで遡れます。当時は錫を取引する貿易港として栄えていたそうでフェニキア、カルタゴまで遠征していたようです。また伝説では、アーサー王がブリテン島を治めていた時代、この島にコーモランという巨人が住んでいて対岸の住民を困らせていたそうです。1人の少年が落とし穴を掘り、この巨人を仕留め村に平和が訪れたという話が残っています。

島の上にある修道院の門

修道院の門の上にケルティック・クロスがのっています。この島に纏わるもう一つの話として、アーサー伝説のロマンチックな愛の物語「トリスタンとイゾルデ」の舞台としてこの島が語り継がれています。モンサンミッシェルと同じく様々なケルト神話を持つこの島はケルト系民族の象徴的な信仰の場だったことが忍ばれます。

島の中の風景

今や聖地も観光地化していました。多くの観光客が訪れ、土産物屋なども軒を連ねています。

歩道敷きも乾き完全な歩道になっています

帰りの道は完全に潮が引き、濡れていた歩道も乾き対岸のマラジオン村と陸続きのようでした。ケルトのロマンに惹かれ多くの方が島に渡っていましたが、モンサンミッシェルと比べると圧倒的にその数は少なく、落ち着いた雰囲気がとても好ましく思えました。ケルトの遺跡を訪ねていると建造物よりも自然の地形や風景に共通点があるように思います。それは険しい山の上、引き潮で現れる道が続く島、深い森に囲まれた美しい湖、波に洗われる海岸の洞窟、渾渾と水が湧く泉、巨石が並ぶ丘など大自然の中の不思議なアクセントとも言えるところが多いように思います。日本の神道の聖地ととても良く似ているとその度に思います。鶴岡真弓さんの表現を借りれば、ユーラシア大陸に両耳のように位置する日本文化とケルト文化、遠く離れたこの2つの文化に不思議な共通点を感じます。次回はグレートブリテン島の果て、大地の終わりと言われるランズ・エンドを訪ねます。

  • プロフィール くらしの良品研究所所員
    Y.Iさん

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