各国・各地で「千葉・鴨川 ─里山という「いのちの彫刻」─」
棚田の村へ入ると、まるで時計の針を戻していくように過去へとタイムトラベルしていきます。しかし、ここでの暮らしから見えるのは、過去を突き抜けた「未来の風景」です。

本当に大切なこと

2016年09月21日

鴨川へ移住して17年目になりますが、こんなに雨や台風が多く、田んぼの水が抜けず、稲が倒れてしまう年は初めてです。雨乞いの祭りが効きすぎたのでしょうか。
田んぼの水を抜くために溝を何度掘っても、また雨が降り、水が溜まってしまいます。
80年以上この地に生きて来た長老たちも、「こんなの俺も初めてだよ」と驚いているほどです。
鴨川全域で稲刈りが遅れ、アチコチからため息が聞こえてきます。
「今年は、大変だね~。」
合言葉のように、会うたびに集落の人は口々に言います。
通常は水を抜いて田んぼを乾かしてから稲刈りをするのですが、今年の田んぼはぬかるみすぎてコンバイン(稲刈り機)が入らず、収穫をあきらめてしまった農家も出ています。
人手があれば手刈りもできますが、過疎の集落ではそれも出来ません。

気候変動の影響で、現代は異常気象で暮らすことが当たり前となってしまいました。

僕は無印良品とコラボしている「鴨川里山トラスト」の他に、集落の長老たちと「釜沼北棚田オーナー制度」も運営しています。
「鴨川里山トラスト・有機米の会」は田植えから稲刈りまで各回、希望者は参加費を払えば誰でも自由に参加でき、1回参加するごとに1キロのお米がもらえる仕組みです。
「棚田オーナー制度」はそれとは仕組みが異なり、もう少し関係性が深く、年会費30,000円を支払った年間会員が棚田オーナーとなり、オーナーは田植えから稲刈りまで毎月通ってお米づくりを行い、収穫できたお米を均等に分配します。釜沼北棚田オーナー制度では、毎年平均45kg前後のお米をお渡ししていますが、棚田保全が目的なので収量の保証はありません。そして、毎年25口のオーナーを応募しますが8~9割はリピーターとなり、中にはこれをご縁に移住や2地域居住を始める人もいます。
どちらの活動も、山間部の農地を保全し、都会と田舎、人と自然をつなぎ、「地縁血縁を超えたふるさと」作りの役割を大いに果たしています。
先日行われた棚田オーナーの稲刈りには、ありがたいことに老若男女、国際色豊かな総勢80名以上もの参加者がありました。しかし、台風の影響で田植えができそうなほど田んぼはぬかるみ、通常の倍以上も労力がかかり、一日中作業してもとうとう稲刈りは終わりませんでした。

コンバインやバンイダーなどの機械は使えず、文明の利器も自然現象にはかないません。
約半分残ってしまった稲刈りを僕と80代の長老たち数名で、手刈りをするのは不可能で、長老たちと頭を抱えてしまいました。
お米づくりをしていると、自然には絶対にかなわないことを痛感し、謙虚な気持ちになります。この感覚がアジアの稲作民族の精神文化を育んできたのだと、つくづく実感します。
僕らの文化は、土から生まれる思想によって成り立っています。
そして「土の思想」は、優しく、強く、謙虚で、ゆるぎません。

最後の百姓

大型のコンバインを持っている農家さんに、残りの稲刈りをなんとか機械でやってもらえないかと頼み、田んぼを見に来てもらいました。
「うわ~、これじゃ無理だよ~。もし、強引にやって機械がもぐったら4トントラックのウインチで引っ張りだすしかないけど、この山の中にそんな大型のトラックは入らないし、悪いけどこりゃ~手刈りしか無理だっぺ~。」
他にも何人かに頼んでみましたが、さすがに今回は無理だと断られてしまいました。
「いや~、まいったな~。どうすんべか・・・。」
今年の稲刈りは重労働で、ぬかるんだ田んぼで丸一日稲刈りを続けた長老たちは、夕方になると「おお~こえ~こえ~、おりゃ~もう限界だよ~」と、珍しく弱音を吐いたほどでした。
この地域の方言で、とても疲れることを「こえ~」と言います。
あの「こえ~」稲刈りを再びやるのかと思うと、80過ぎの長老たちと田んぼの横で車座になって途方に暮れてしまいました。長老のかわばたさんは足を捻挫しており、じいたさんも足を痛めてビッコを引き、こんぴらさんも膝が痛いのでシップを貼って、みんな肉体的には厳しく、普通だったら諦めてしまうところです。

しかし、誰かが静かにポツリと言いました。
「よし、手刈りでやるべ。」
えっ!最初、僕は耳を疑いました。
「うん、それしか、ねえっぺよ。」
「そうだな、やるしかねえな。」
「やっぱり、オーナーさんに少しでも多くのお米を渡してやりてえもんな。」
さすが、「土の思想」が全身に染み込んでいる「最後の百姓」です。
「林さん、インターネットってやつで、人を集めてくんねえか。」
僕らは車座になって、覚悟を決めました。

長老たちはアチコチ体が痛いにもかかわらず、皆のために泥だらけになって働きます。
どうして、ここまで出来るのだろう? と僕は不思議に思いました。
しかし、長老たちは言います。
「そりゃ~、俺だって体は痛いし、疲れるよ。でも、みんなが来てくれるから、俺はエネルギーをもらうんだ。みんなと交流するから元気をもらうんだ。」
僕はなんだか泣けてきました。
みんなの喜ぶ笑顔を見ると、不思議とどこからかエネルギーが湧いて出て、不可能なことが可能になります。
「利他に生きる」とは、自分とまわりを幸せにすることなのですね。

里山に生きる人の心

僕が里山に暮らしていて、宝石のように輝いて観えるのは、豊かな自然環境と一千年の伝統文化、そしてこの「里山に生きる人の心」です。
大地を守り、食べものを育て、コミュニティでお互いに助け合い、地域を大切にし、自然と文化を次世代へ手渡すために生きる長老たちの姿に僕は現代人が忘れてしまった「本当に大切なこと」があるように思えるのです。

僕が旅してきたアメリカ先住民の村でも、ヒマラヤ山脈の麓の村でも、イタリアの南部の村でもそれは同じでした。
「地球は祖先(過去)から引き継いだものではない。子孫(未来)から借りているものなのだ。」というアメリカ先住民の古いことわざを思い出します。
人は地球に生まれ、生きて、そしてより良い地球を次世代へ手渡して、この世を去る。
それは、これから社会がどんなに変化しようとも、地球に生きる人の変わることのない本来の姿なのかもしれません。
都会にいようと、田舎にいようと、どこにいようとも、またどんな暮らしを、何の仕事をしていようとも、「より良い地球を次世代へ」手渡すことに貢献することは出来るでしょう。
一人ひとりにしか、できないことで。
例えそれが、どんなに小さなことでも。
里山の小さな棚田でお米づくりをしていると、人にとって「本当に大切なこと」を教えてもらえる気がするのです。

Photo by Yoshiki Hayashi

イベント情報

「鴨川里山トラスト・有機米の会」イベント「第5回 収穫祭」

10月1日土曜日、「鴨川里山トラスト・有機米の会」の収穫祭を行います。
今年も平和にお米づくりができた奇跡と、すべてのいのちに感謝して、みんなで祝いましょう。

開催日:2016年10月1日(土)
開催時間:11:00~15:30(予定)
開催場所:千葉県鴨川市
詳しくはこちら

  • プロフィール 林良樹
    千葉・鴨川の里山に暮らし、「美しい村が美しい地球を創る」をテーマに、釜沼北棚田オーナー制、無印良品 鴨川里山トラスト、釜沼木炭生産組合、地域通貨あわマネーなど、人と自然、都会と田舎をつなぐ多様な活動を行っています。
    NPO法人うず 理事長
    T&T研究所 研究員

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