子育て・教育のほとりで
子どもが一般の学校ではないオルタナティブスクールに通うようになってから、子育てや教育に興味を持ち、学ぶようになりました。学校外の「多様な学び」や「不登校問題」「海外の教育事情」など、子育て・教育まわりのさまざまな話題を取り上げて紹介していきたいと思います。

子の幸せを、親は決められない

2019年05月29日

幸せって何だろう?

ほとんどの親は、たぶん、間違いなく、自分の子の「幸せ」を心の底から願っていると思います。そして、幸せを願うあまり、つい子どものことが心配になってしまいます。赤ちゃんの頃は、「うちの子、食が細いけど大丈夫かな」「なんで言葉が遅いんだろう」とか、学校に行くようになったらなったで、「友だちとうまくやれるかな」「勉強は遅れてないかしら」など、不安や心配の種は尽きません。それでつい「宿題やったの!」「いい加減にゲームはやめなさい!」などと口を挟みたくなるのです。子どもにうるさがられようが、煙たがられようが、ついつい干渉してしまうのが親心というもの。それもこれも子どもの「幸せ」を願ってのことなのでしょう。
ところが、ここで難しいのは、「幸せ」とは何かということ。子どもの「幸せ」を、果たして親は決められるのでしょうか。例えば、勉強のこと。多くの親は(もちろん例外はありますが)、子どもが熱心に勉強をし、テストでいい点を取ってくると喜びます。たぶんそれは、いい成績を取って、いい学校に進学して、大学に入って、ちゃんとした企業に就職することが子どもの「幸せ」だと信じているからでしょう。将来、暮らしに困るようなことがあってはならない。だから、しっかり収入を得て、家庭を持って、幸せになれるように、いまのうちから子どもを教育しなくちゃ。口うるさく干渉する背景には、そういう子の「幸せ」を願う親の気持ちが働いているのだと思います。でも、果たしてそれが本当に、子どもの「幸せ」を願うことになるのでしょうか。

たとえば不登校の場合

「幸せ」について、親子の価値観が一致している場合はとくに問題は起きません。親が子に干渉しても、せいぜい「うるせえな」といわれるぐらいで済むからです。問題は親と子の思いにすれ違いが生じたとき。たとえば、子どもが不登校になったようなときに、この問題は顕在化します。
不登校の場合は、子どもは何らかの理由で「学校に行きたくない」と思っています。先生が怖いのか、仲間にいじめられているのか、部活が嫌いなのか、理由はさまざまです。ただ、「行きたくない」という強い思いがあることは確かです。ところが、親の立場からすると、それは許せません。学校に行かなくて、この先どうやって生きていくんだ、という思いがあるからです。「少々嫌なことがあったぐらいで、泣きごとをいうな」「辛いのは今だけだから、なんとか耐えろ」。ときには「大人になったら嫌なことばかりだから、今のうちから訓練だと思って頑張れ」みたいな無茶なことをいったりします。もちろん子の「幸せ」を願ってのことでしょうが、そうやって「行きなさい」「行きたくない」を繰り返しているうちに、子どもは次第に自信をなくし、「自分は学校に行けないだめな子だ」と自らを責め、会話の扉をピタリと閉ざしてしまうのです。そして、そこから引きこもりが始まるケースが多いのです。

親が子を追い詰める?

2019年3月11日付のニューズウィーク日本版に、『日本の子どもの自殺が2010年以降、急上昇している』という記事がありました。2000年から2017年の間に、大人の自殺者数が大幅に減ったにもかかわらず、児童・生徒の自殺者数は逆に増えているというのです。子どもの人口は年々減っているので、"自殺率"に換算したらもっと増えていることになります。
そして、注目すべきは"自殺の理由"です。ニュースなどで報じられるので、子どもの自殺原因のトップは「いじめ」と思いがちですが、実は違うのです。過去5年間の小・中学生の自殺の動機を調べたところ、なんと1位は「家族からのしつけ・叱責」、2位は「親子関係の不和」、3位は「学業不振」だったそうです。日本では、親子関係の悪化やこじれが原因で、子どもが自死してしまうことが多いのです。
なぜ、こんなことになっているのか。謎を解くヒントは、厚生労働省がまとめた「自殺対策白書(平成30年版)」にありました。先進国の15~39歳の若者の死因を調べたところ、「自殺」が死因のトップだった国が2つありました。それは日本と韓国です。この両国に共通しているのは、欧米諸国に比べて「家」「親」「世間」の存在が大きいこと。相対的に子どもの立場が弱く、自由が抑制され、人権が守られないケースが多いのではないでしょうか。親の教育やしつけ、価値観の強要などが、知らないうちに子どもを追い詰め、悲劇を招いてしまっているのかもしれません。

子どもは未熟で頼りなく見えるから、親はつい「守ってあげなきゃ」と思います。それが心配や不安の種となり、「ああしろ、こうしろ」と口を出し、指図したくなります。でも、子どもによかれと思ってやったことが、必ずしも子の「幸せ」につながるとは限りません。むしろ追い詰めて、子どもを「不幸」にしてしまうこともありうるのです。そのことを肝に銘じつつ、私自身は、子どもの意志を尊重し、「幸せ」をひっそりと願う親でありたいと思います。子どもの人生は、子どものもの。何が「幸せ」なのかを決める権利は、子ども自身にあると思うから。

(イラスト:中田晢夫)

  • プロフィール くらしの良品研究所スタッフ。17歳の子どもの父親。一般財団法人東京サドベリースクール評議員。

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