子育て・教育のほとりで
子どもが一般の学校ではないオルタナティブスクールに通うようになってから、子育てや教育に興味を持ち、学ぶようになりました。学校外の「多様な学び」や「不登校問題」「海外の教育事情」など、子育て・教育まわりのさまざまな話題を取り上げて紹介していきたいと思います。

民主的ってどういうこと?

2019年04月10日

デモクラティックスクール

先生がいない、授業もない、自由な学校として知られる「サドベリースクール」ですが、もうひとつ忘れてはならない大切な特徴があります。それは学校を構成している人たちによる民主的な運営がなされていること。こういう民主的な運営形態の学校は、一般的に"デモクラティックスクール"と呼ばれています。
デモクラティックスクールの草分けは、1921年に創立されたイギリスの「サマーヒルスクール」だといわれています。サマーヒルの創立者A.S.ニイルは、「子どもを学校に合わすのではなく、学校を子どもに合わせる」という有名な言葉を残しています。ニイルがつくった学校もまた、子どもの自由を最大限に尊重するものでした。そして、1960年代のアメリカで、サマーヒルの教育に啓発された人々が新しいデモクラティックスクールを立ち上げます。1968年、ボストン郊外に誕生した「サドベリバレースクール」もその一つでした。

民主的ってどういうこと?

「民主的な運営」といいましたが、デモクラティックスクールはどのような部分が民主的なのでしょう。日本の学校でも民主教育は行われていて、子ども同士で話し合ったり、多数決で物事を決めたりすることはあります。でも、それは限られた時間や場の中においてであり、また、先生という大人の管理下でのことであり、何から何まで生徒が決めるということではありません。ところが、デモクラティックスクールは違うのです。学校の運営やルールづくりに生徒ががっちり入り込んできます。スタッフと生徒で開く「スクールミーティング」というものがあり、学校の登下校の時間、春・夏・冬休みの期間、会計の報告や予算の作成、スタッフの給与なども話し合いによって決められます。ミーティングで話し合うときに、大人と子どもの区別はありません。スタッフも生徒と同じ一票を持ち、対等に議論を進めていきます。子どもを子ども扱いすることは決してありません。自立した一個の人間として子どもを信頼し、その意見を尊重するのです。

自由と民主主義

サドベリースクールのような自由を重んじる学校は、なぜ民主的な運営形態を取るのでしょうか。それは「自由と民主主義」が切っても切れない関係にあるからです。「自由」とは自分の好きなようにすることです。しかし、学校というコミュニティには大勢の人がいて、同じように好きなことをしたい「自分」がいます。
たとえば、ある子がスクールのパソコンを使いたいと思ったとします。何をやっても自由なので、当然パソコンは使えます。でも、もう一人パソコンを使いたい別の子が出てきたとします。その子にももちろんパソコンを使う権利があります。ここで自由と自由がぶつかります。「僕が使う」「いや、私」と争ううちに、完全な自由というものがあり得ないことを子どもは悟っていきます。なぜなら、自分の自由が相手の自由を制限してしまうことに気づくからです。
こういう問題が生じたとき、デモクラティックスクールではミーティングが開かれます。互いに自分の意見を主張し、とことん話し合い、みんなで知恵を出し合うのです。そこからルールのようなものが生まれることもあります。実際、多くのデモクラティックスクールには分厚いルール集があり、遊具の使い方や掃除の仕方、暴力や暴言を吐いたときの罰則など、細かいことが規定されています。それは大人がつくって子どもに押しつけた校則ではありません。子どもとスタッフの日々の営みの中から、話し合いによって生まれてきた自分たちのルールなのです。

同調と協調は違う

子どもがサドベリーのような自由な学校に入ると、「自分勝手な協調性のない人間に育ってしまうのではないか」と心配する人がいます。でも、自由と民主主義の関係性に気づけば、そんな心配は必要ないことが分かります。もしかすると、日々クラスメイトの顔色をうかがい、場の空気を読んで立ちまわる子たちの方がむしろ心配かもしれません。こういう周囲の空気に自分を合わせることは「協調」とは言いません。それは「同調」しているにすぎないのです。「協調」とは、意見を主張できる自分がいて、同じように主張する他者がいることを認めた上で、互いの利害を調整して共存していくことだと思います。
子どもに限らず大人でも、日本の社会は自分の意見を言いづらい雰囲気があります。「他人から否定されたらどうしよう」「和を乱してはいけない」という思いが強いからでしょうか。でも、これは民主主義の理念とかけ離れたものです。何でも主張し、話し合える自由な雰囲気があってこそ、民主主義は成立するものだと思います。

このブログの冒頭で、デモクラティックスクールの草分け的存在である「サマーヒルスクール」の誕生が1921年だと書きました。これはヨーロッパ全土を戦火に巻き込んだ第一次世界大戦の終戦からわずか3年後のことです。あくまで個人的な想像ですが、創立者のA.S.ニイルは、軍国主義の暴走を目の当たりにして、"真の民主教育"の必要性を感じ、デモクラティックスクールを創ったのではないかと思うのです。この話、今の世界の状況にどこか通じるものがあると感じるのは、私だけでしょうか。

(イラスト:中田晢夫)

  • プロフィール くらしの良品研究所スタッフ。17歳の子どもの父親。一般財団法人東京サドベリースクール評議員。

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