各国・各地で「千葉・鴨川 ─里山という「いのちの彫刻」─」
棚田の村へ入ると、まるで時計の針を戻していくように過去へとタイムトラベルしていきます。しかし、ここでの暮らしから見えるのは、過去を突き抜けた「未来の風景」です。

良品計画 新入社員研修 ~僕らは、今、どんな時代にいるのか?~

2016年06月08日

今年から、良品計画さんの新入社員研修をお受けすることになりました。
69名の全新入社員が4回に分かれて、これから毎月鴨川の古民家ゆうぎつかへ訪れます。
5月25日水曜日は、最初のグループ16名が研修に来ました。

午前中は、僕の講義です。
まず、はじめに新入社員のみなさんに古民家の板の間に集まって座ってもらい、僕はこう言いました。
「みんな、目を閉じて、そしてゆっくりと深呼吸してください。ゆっくり吸って、ゆっくり吐いて。」
街の喧騒も車の騒音もない静寂の時が流れます。
耳に届くのは山に響くウグイスの鳴き声、頬にふれるやわらかい風、かすかに漂う花の香り、自然界の息遣いが染み込んで来るようです。
「みんなが吸って吐いて呼吸している空気は、地球上に暮らす全人類、動植物も含め全生命も同じ空気を吸って吐いて呼吸しています。すなわち僕らはすべてとつながっているのです。感じてください、自然とのつながりを、すべての生命とのつながりを。」
以前、鴨川にも来たことがあり、僕に多くの洞察を与えくれた思想家のサティシュ・クマールさんのお話しを聞いた時のことです。サティシュ・クマールさんは、お話をする前に短いメディテーションから始めました。そして一人ひとりの呼吸が地球上に存在しているすべての生命とつながっている一体感への「気づき」を与えてくれました。僕はその体験の深さを伝えたくて、この研修でも同じように短いメディテーションから始めました。
また、僕は呼吸の大切さと呼吸とこころの関係をお話ししました。
「これから社会に出ると良いことだけではなく、失敗して落ち込んだり、とても不安になったり、ストレスが溜まってイライラしたり、気に入らないことに怒ったり、忙しすぎて心身ともにヘトヘトに疲れたり、つらいことも苦しいことも経験をするでしょう。でも、そんな時にこそ、ゆっくりと深呼吸してみてください。30秒でも1分でも、短くてもいいんです。なぜなら、こころが満たされて幸せを感じている時って、呼吸が深い状態なんです。逆に、こころがイライラしていたり、怒っていたり、不安を感じている時って、呼吸が浅いんです。だから、意識的に呼吸を深くすることで、心の安定は取り戻せるのです。」

なぜ、今、ローカルなのか?

それから「なぜ、今、ローカルなのか?」をテーマに、地球のこと、世界のこと、日本のこと、そして鴨川のことについてお話ししました。
掃除や洗濯、食事の準備など、日々の暮らしや仕事は大切です。それと同時に、宇宙の歴史150億年の中で、地球の歴史46億年の中で、人類の歴史5万年の中で、"僕らは、今、どんな時代にいるのか"というマクロの視点も大切です。
1秒間にサッカーグランド1面分の森が消え、気候変動(地球の気温は20世紀で0.4~0.8℃上昇)となり異常気象が世界中で起こり、1日に100種の生物が絶滅し、1日550人の子どもたちが戦争で殺され、12億人の餓えた人と12億人の食べ過ぎの人がいて、63億人が先進国の人と同じ生活をしたら地球が5個必要だと言われています。
日本では毎年約3万人の自殺者がいて、6人に1人は貧困の格差社会が広がり、都市は過密で地方は過疎となり、コミュニティは崩壊し、異常犯罪が多発し、現代病(うつ病や成人病)は急増しています。
今、僕らの文明は「成長の限界」を迎えています。
限界を超えてしまった文明は、かつていくつも滅んできました。
しかし、今回の限界を超えると文明の崩壊どころではなく、人類も地球も滅ぼしかねません。
だからこそ、今どんな時代にいるのかという「時代認識」と「地球規模の視野」、そして「未来へのまなざし」を持つことは個人にとっても企業にとっても必要不可欠で、逆にその視点を持たない個人や企業はこれから道を迷うことになるでしょう。

人類の大きな転換期

今、人類は大きな転換期を迎えています。
その転換期について、東京大学名誉教授の社会学者の見田宗介さんは人類の「ロジスティクス曲線」という概念で説明しています。
どんな生物も、ステージ1の助走期(緩やかに数が増える時期)、ステージ2の大爆発期(急激に増える時期)、ステージ3の安定平衡期(再び安定する時期)の3段階がありますが、大爆発期の勢いが強すぎると、安定平衡期になる前に滅んでしまいます。
人間も生物学の法則から逃れることはできず、世界のエネルギー消費量の変化を見ると、産業革命以降増え続け、20世紀後半にはその曲線が垂直に近い勢いで急上昇し、エネルギーを食いつぶし、人類は今まさにステージ2(大爆発期)の最後のところからステージ3に至る曲がり角にいるそうです。
そして、ステージ3へ移行する人類史の大きな曲がり角にいる人類は、新しい価値観と新しい社会システムを求める変革が起きています。
見田宗介さんは、その変革をこう表現しています。

「現代の社会は、限界を過ぎても無理やり成長を続けようとする力と、持続可能な安定へと軟着陸しようとする力とのせめぎ合いとして理解できます」

「だけど、リスク社会を乗り越える方法はある。それは、人間の歴史が安定期に向かいつつあることを直視し、われわれの価値観と社会のシステムを、そのような方向に転回することです」

「決して原始に帰るのではない。近代の成果を十分に踏まえた上で、高められた地平を安定して持続する『高原(プラトー)』というコンセプトです」

「生きる歓(よろこ)びは、必ずしも大量の自然破壊も他者からの収奪も必要としない。禁欲ではなく、感受性の解放という方向です」
(2016年5月19日 朝日新聞 インタビュー 見田宗介「歴史の巨大な曲がり角」より)

里山でいただくおばあちゃんの「素のごはん」

昼食は、集落の料理上手なおばあちゃん「しろうべい」さんがつくってくれました。

メニューは、竹の子のまぜご飯、呉汁入の味噌汁、春野菜となまり節の酢味噌あえ、キャラブキ、ぬか漬、よもぎの柏餅です。
食材はほとんど地元の旬のもので、お米は地元の長狭米、醤油や味噌は僕の手づくり、柏餅に使っている柏の葉とよもぎは、しろうべいさんの庭にあったものです。
「しろうべい」さんの手料理は、農村の暮らしから生まれた旬の食材を上手に組み合わせた「素のごはん」です。僕はこういった「素のごはん」が大好きで、しみじみと美味しくいただきました。

荒れ地を楽園へ

午後からは、釜沼北集落の耕作放棄地の開墾をしました。日本の耕作放棄地の面積は増え続け、埼玉県と同じ面積の40万ヘクタールにもなり、農家の平均年齢は66才で、農家は人口の3%の260万人で半分が70才以上となり、日本人は老人に食べものをつくってもらう国となり、毎年十数万人が離農し、食料自給率39%、エネルギー自給率5%という「農と命の危機」の国で、耕作放棄地の再生は現代的な意味があると思っています。

ここは約30年前に放棄され、荒れ果てて竹やすすきに覆われ藪になっていた農地ですが、僕はここを「現代の楽園」に再生しようと、4年前から都会の人たちと少しずつ開墾してきました。そして、2枚の棚田は復田しました。集落の一番奥の山の中の耕作放棄地とは、ある意味で現代社会に見捨てられた場所とも言えます。しかし、南向きの斜面で日当たりはよく、横には小川があり、北に山を控え、電柵の内側なので動物の被害も少ないという土地は、逆に「現代の楽園」になる可能性を秘めています。
そして、その開墾と再生の続きは良品計画さんの新入社員研修として、引き継がれることになりました。
山奥の藪を鎌やノコギリを使ってコツコツと手で開墾し、再生していくことは、たとえ一人ひとりの力は小さくても人と人が協力すれば、「不可能に思えることも可能になる」のだという「人間の創造力」と「達成感」を体験して欲しいと思っています。

開墾した土地へは実験的に、ネリカ米の種もみを植えました。ネリカ米はアフリカの食糧危機を救うために開発された干ばつに強い陸稲です。一部は、福岡式自然農法で蒔きました。さあ、どうなるでしょうか、楽しみです。

新入社員のみなさんと青空の下で開墾し、とても良い汗をかきました。
古民家ゆうぎつかへ戻り、冷たい麦茶を飲んでいると、風が通り抜けていきます。
「うわ~、風が気持ちいい~」
「やっぱ、自然、当然、無印だよな~」
と誰かがつぶやきました。
これから、日本中の、そして世界中の無印良品店舗へ飛び立っていく彼ら、彼女らは里山で何を感じてくれたでしょうか。

こうやって自然の中で、語り合い、汗をかき、同じ釜の飯を食うと、1日しか一緒にいませんでしたが、なんだか子供を送り出すような気持ちになります。
いってらっしゃい、社会人1年生!

Photo by Yoshiki Hayashi

  • プロフィール 林良樹
    千葉・鴨川の里山に暮らし、「美しい村が美しい地球を創る」をテーマに、釜沼北棚田オーナー制、無印良品 鴨川里山トラスト、釜沼木炭生産組合、地域通貨あわマネーなど、人と自然、都会と田舎をつなぐ多様な活動を行っています。
    NPO法人うず 理事長

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