各国・各地で「千葉・鴨川 ─里山という「いのちの彫刻」─」
棚田の村へ入ると、まるで時計の針を戻していくように過去へとタイムトラベルしていきます。しかし、ここでの暮らしから見えるのは、過去を突き抜けた「未来の風景」です。

「答え」はいつも自然の中に

2016年01月06日

11月21日土曜日は、「天水棚田でつくる自然酒の会」の収穫祭でした。
今年は釜沼北棚田オーナー制度の収穫祭にはじまり、無印良品鴨川棚田トラスト、里山わらじランラン・ウォーク、鴨川自然王国、土と平和の祭典、そして「天水棚田でつくる自然酒の会」と、なんと合計6回目の収穫祭です。
我ながら自分でもよくやるなと呆れるほどですが、里山保全のプロジェクトを次々につくっていった結果、いつのまにか収穫祭がこんなに増え、今年僕は述べ千人以上もの人と収穫祭をお祝いしたことになります。
伊勢神宮では1年に1500もの祭りを行い、「春に祈り、秋に感謝する」ことを基本としているそうです。
それは、常日頃から自然界への祈りと感謝を忘れないための社会的な装置なのでしょう。自然界とのつながりが薄れてしまった現代社会において、何度でも収穫祭をやることは良いことなのだと勝手に解釈し、僕は自分で自分のお祭り好きを擁護することにしました。
僕は結局楽しいことが大好きで、「楽しく、おいしく、心地よく」することで社会をより良くすることができたら最高だと思うウルトラポジティブな楽天家なのです。
だからこそ、今年から地元の方が耕作できなくなった棚田を引き継ぎ、田植えから稲刈りまで都会の人と一緒にお米づくりを楽しみ、そのお米で蔵元寺田本家さんに自然酒を仕込んでもらうプロジェクトを始めたのです。

収穫祭では、できたてホヤホヤの新酒「天水棚田」をみなさんにお披露目しました。ラベルの文字は加藤登紀子さんに書いて頂き、一筆書きのイラストを僕が描き、友人の畑中亨くんにデザインしてもらい、世界中でどこにも売られていない棚田保全に関わった人しか飲めないスペシャルな自然酒ができました。
そして、収穫祭の料理を依頼した「こころ」の木村夫妻に、今回僕はあるお願いをしました。
それは僕らが里山で焼いている炭を使って、房総の山海の幸を炙った炭火料理を提供して頂くことです。
鴨川市には市内に1本の川「加茂川」が流れています。

僕らは最上流の里山でお米をつくり、木を切り、炭を焼き、自然環境を守ることで、この里山の栄養分が加茂川を通って長狭平野を潤し、太平洋へと注がれ、豊かな里海を育みます。

すなわち水源地を守ることは、地域の農業と漁業と観光を支え、鴨川市全体の自然環境と産業を守ることにつながるのです。

その里山の循環文化のシンボルである炭をつかって山海の幸を料理し、棚田でつくったお酒で乾杯することは、僕にとってひとつの夢でした。
世界がグローバル化し、画一化していく中で、食もエネルギーも酒もローカルで自給し、地産地消することは、自然豊かな田舎だからこそできるある意味で最高の贅沢です。

ローカルであることの豊かさ

普段は鴨川漁港につとめる「こころ」の木村哲詩さんは地元のおいしい魚を仕入れてくれ、天然酵母パンをつくる奥さんの優美子さんはふんだんに自然酒「天水棚田」の酒粕を使い、ご夫婦2人で腕をふるって最高の料理を用意してくれました。
昼食のメニューは、みんなでつくった無農薬天日干しの新米、天水棚田の酒粕でつくった粕汁、玄米のライスコロッケに酒粕味噌ソース、シイラのフライにタルタルソース、車麩と人参と里芋の煮物、鯵の南蛮漬け、きゅうりと人参のぬか漬+ゆず大根、玉子焼き、酒粕酵母でつくった紫芋のマッシュ+リンゴジャムの酵母マフィン+ココアブラウニーです。

さらに、大きなバーベキュー台では僕らが焼いた最高級の樫炭で、塩漬け熟成豚とネギの串焼き、自家製ソーセージ、骨まで食べられる鯵の開きを炙りました。
ありがたいことに炭焼き組合の仲間たちも手伝いに来てくれ、自慢の樫炭で山海の幸をジュウジュウと焼いてくれました。

そして、古民家ゆうぎつかの板の間にはずらりとご馳走が並び、いよいよ乾杯の時を迎え、真っ先にこの会員になってくれた村の最長老こんぴらさんに乾杯の挨拶をして頂きました。
こんぴらさんは「みなさんと共に、この会に参加しているわたしが一番幸せです」と笑顔で挨拶し、総勢72名の参加者のみなさんと乾杯をしました。

新酒のフタを開けると、プシュッと微炭酸で、フワッとほのかに麹の香りが漂います。
お米色の天水棚田をグラスにつぎ、口に含むとふくよかな甘みとかすかな酸味がジワリと広がり、まるでフルーティーなお米のワインのような味わいです。

ウ、ウマイ・・・!
しみじみと唸ってしまう感動のおいしさです。
鎌倉時代のどぶろくが一千年の時を越え、天水棚田保全を通して現代によみがえりました。自分たちで田植えから稲刈りまで手塩にかけたお米でつくったお酒をみんなで味わうことの喜びはひとしおで、世界一おいしいお酒ができたと僕は自画自賛したのでした。
そして、自然酒「天水棚田」と共に「こころ」のおいしい料理に舌鼓を打ち、楽しい宴が始まりました。

里山で酒と料理と唄に酔う

食事が一段落した頃、お祝いの演奏が始まりました。
最初の演奏は、いつもスタッフとしてサポートしてくれる友人の吉田源くんと有加(ゆうか)さん夫妻の演奏です。
源くんのご機嫌なブルースギターに合わせ、エンターティナーな有加さんの楽しい語りとヴォーカルで憂歌団の「ミッドナイトドリンカー」にはじまり、エノケンの「ダイナ」に「月光価千金」、「テキーラ」、西岡恭蔵の「アフリカの月」等々、お酒にまつわる楽しい歌の数々を披露してくれ、場は大いに盛り上がりました。

そして、なんと今日誕生日をむかえた参加者が2人もいたので、最後はマリリン・モンロー風のバースデイ・ソングまで歌ってくれ、みんなで誕生祝いもしました。
おめでたいコトは重なるもので、その日は地元釜沼集落の氏神様である日枝神社の感謝祭でもあったのです。

先の10月に開催された鴨川自然王国の収穫祭で、僕は寺田本家の寺田優(まさる)さんと加藤登紀子さんと一緒に3人でトークした時に優さんに教えてもらったのですが、もともと日本のお酒づくりとは神事だったそうです。

お酒は人と神様を結ぶ媒体

日本では古来よりお酒は人と神様を結びつけるものと考えられており、最初は神社でつくられていました。
また、早苗はサナエと読みますが、サは田の神様を表す音で、田の神様が宿る苗をサナエと言い、神様の宿る苗を植えつけていく田植えそのものも神事でありました。
すなわち神道とは稲作の農耕儀礼であり、神事の後には必ず、直会(なおらい)を行い、その時に「神人共食」と言って、お供えしたお米や御神酒を下げ、神様と共にその場でいただき、そのことによって神様の力を自分たちの内に取り込みます。
地域コミュニティのみんなでお酒を飲んで酔い、神様の領域へ近づき、神=自然と融合していく精神文化は、仏教や神道以前の太古の昔からこの「森の島」で育まれてきたアニミズム(自然崇拝)の影響が色濃く残っていると感じます。
このように日本人にとって稲作とお酒づくりとは、神事であり日本文化の真髄なのです。

ホントウの美しさ

お祝いの演奏は吉田夫妻の次に、八ヶ岳からはるばる来ていただいたシンガーソングライターの里花(りか)さんに歌っていただきました。
里花さんが静かにギターを爪弾きながら、マイクを通さず素の声でオリジナル曲の「満月の夕」を歌いはじめると、その透き通った声と詩とメロディーがひとつとなって、古民家に優しく響き渡りました。

すると、里花さんの奏でるヴァイヴレーションが一人ひとりの心のなかに染み込んでいき、古民家ゆうぎつかにいたみんなは徐々に静まり返り、歌に釘付けになっていきました。
次の曲「宴の唄」では、みんなで肩を組み楽しく合唱し、「ほんとうのこと」に表現される深く優しい詩に聴き入りました。

詩とメロディーが同時に降りてくるという彼女の歌は純粋な魂を表現し、透明に響くその歌声は強い癒やしの力を持ち、聴いていた数名の人は涙を流し始めました。 また、里花さんの唄に共鳴しMISIAも歌っている「流れ星」と「花」、そしてアンコールには僕がリクエストしたレナード・コーエンの名曲「Hallelujah」(ハレルヤ)も歌ってくれ、その場にいたみんなは音楽の持つ力に癒されました。
「ホントウの美しさ」に出会うと、人は感動に震え、自然と涙があふれるものです。そして、それは心を浄化させる「魔法の力」を持っています。

すべてと響きあう

音楽と同じように、お米が発酵してお酒になることも日本では「魔法の力」だと考えられていました。
蔵元寺田本家の先代の故寺田啓佐さんは、発酵をこう表現しています。

「その世界は、互いに支えあって生きる、相互扶助の力が大きく作用している。微生物の世界は、『愛と調和』で成り立っていた。それを見て、『人間も微生物のように、発酵しながら生きれば、争わなくても生かされる』ことを確信した。」 (「発酵道」寺田啓佐/河出書房新書)

収穫祭で僕らは、お酒、料理、音楽、古民家、里山の自然、そして棚田保全に集まった人々の心と、その場のすべてと響きあい、「楽しく、おいしく、心地よく」発酵しました。
その日、古民家ゆうぎつかには入りきらなくなるほど沢山の人が泊まっていき、我が家の庭はテント村となり、とても楽しく平和な1日となりました。

世界では戦争はなくならず、今日も地球上のどこかで血が流されています。
しかし、僕らもこの発酵という「自然界の法則」にならい、すべて人と響きあう平和な世界を創造していきたいと願います。
「答え」はいつも自然の中にあります。

Photo by Yosihki Hayashi

  • プロフィール 林良樹
    千葉・鴨川の里山に暮らし、「美しい村が美しい地球を創る」をテーマに、釜沼北棚田オーナー制、無印良品 鴨川里山トラスト、釜沼木炭生産組合、地域通貨あわマネーなど、人と自然、都会と田舎をつなぐ多様な活動を行っています。
    NPO法人うず 理事長

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