各国・各地で「千葉・鴨川 ─里山という「いのちの彫刻」─」
棚田の村へ入ると、まるで時計の針を戻していくように過去へとタイムトラベルしていきます。しかし、ここでの暮らしから見えるのは、過去を突き抜けた「未来の風景」です。

100万ドルが当たっても

2017年02月15日

「鴨川里山トラスト・自然酒の会」の最終回は、寺田本家蔵見学へ行ってきました。
自然酒の会は、釜沼北集落の天水棚田を保全するために、会員のみなさんと共に田植えから草取り、そして稲刈りを経て、みんなで育てた無農薬米を寺田本家にて鎌倉時代のお酒を再現した自然酒「天水棚田」を仕込んでいただく年間プロジェクトです。

1月29日日曜日、神崎町の寺田本家に着くと穏やかな笑顔で24代目の当主寺田優さんが迎えてくれ、そして蔵人のいない静かな日曜日の蔵を優さんに案内してもらいました。

寺田本家の蔵見学は、普通他の蔵では絶対に立ち入り禁止の麹室へも入れてくれます。
「うちは雑菌も大歓迎です。こうやってみなさんの菌が入り、この土地にいる雑菌も火落ち菌も、みんなで一緒に発酵します。それぞれの菌があるからこそ、お酒の味に深みが出ると思っています。」
寺田本家のお酒造りとは、「共生の思想」なのです。
「なので、うちのお酒は一樽ごとに、一年ごとに味も変化します。でも、お客さんはその変化を楽しんでくれますし、そしてそれが自然なことなので、うちはそれで良いと思っています。」

菌を人に例えると社会も同じだと思いますし、よく考えて見れば食べものが工業製品のように全く同じ味を再現し続けるのは不自然なことですよね。
酒母室では優さんに蔵人が歌う仕事唄を聞かせてもらいました。その後、大きな樽の中で微生物がプクプクと発酵する音を聞かせてもらうと、お酒は微生物と人と水とお米の奏でる"生命のオーケストラ"なのだと感じました。

発酵の聖地巡礼

寺田本家への蔵見学は、僕は現代社会にとって「発酵の聖地巡礼」だと思っています。
寺田本家は神崎神社の鎮守の森から湧く井戸水と、地元の有機農家が育てた無農薬米を使い、稲穂につく稲麹を培養し、伝統的な生酛造りで、蔵人たちは仕事唄を歌いながら生命力あふれる自然酒を仕込んでいます。

寺田本家の酒造りは効率優先の資本主義社会の中で、あえて機械化をやめて手間のかかる手仕事に戻しました。それは、産業革命以降の機械文明を批判したマハトマ・ガンディーの「チャルカの思想」に通じるものがあります。
オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授の研究によると、人工知能が発達した20年後には職業の47%が消えると予測していますが、テクノロジーが発達すればするほど、逆に手仕事の価値が高まると僕は思っています。

成熟社会にとっての仕事

寺田本家の自然酒は日本のみならず海外にもファンが多く、とても人気があるのですが、生産の「量」を拡大せず、あくまで手仕事の規模を守り、この「質」を維持しています。
地域の有機農家を守り、伝統的な発酵食文化を継承し、そして人の健康と地域と自然が守られ、お金も循環するというそれは「成長の経済」ではなく、「成熟の経済」なのだと思います。
寺田本家の蔵人は手仕事で大変なこともあるでしょうが、みんな「誇り」と「喜び」を持っていきいきと仕事をしています。

世界幸福度NO1の国デンマークでは、働くことに対するモチベーションは日本人と異なるそうです。デンマークに10年以上暮らす英国人フード・トラベルジャーナリストのマイケル・ブース氏によると、デンマーク人が幸福な理由のひとつは、多くの人が自分の仕事が好きだと感じ、自分の仕事をコントロールできているからだと言います。自主性を持って仕事をし、仕事に支配されておらず、自分でやることを決めて実践し、その成果を実感することができ、その感覚や達成感が、仕事のモチベーションにつながっており、意識調査によると8割のデンマーク人は宝くじで100万ドルが当たっても仕事を辞めないそうです。日本人は、もし100万ドルが当たったら、はたして今の仕事をしているでしょうか。

"仕事とは、愛を目に見える形にすること"

というレバノン出身の詩人カリール・ジブランの詩を思い出しました。寺田本家蔵見学へ行くと、僕は毎回新しい気づきを得て帰ってきます。

Photo by Yoshiki Hayashi

  • プロフィール 林良樹
    千葉・鴨川の里山に暮らし、「美しい村が美しい地球を創る」をテーマに、釜沼北棚田オーナー制、無印良品 鴨川里山トラスト、釜沼木炭生産組合、地域通貨あわマネーなど、人と自然、都会と田舎をつなぐ多様な活動を行っています。
    NPO法人うず 理事長
    T&T研究所 研究員

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