研究テーマ

おいしい東北を伝える

今年もまた3月11日がやってきます。東日本大震災からまる7年。今なお7万5千人もの人たち(*)が避難生活を余儀なくされている一方で、社会全体の空気としては、震災の記憶が風化しつつあるような気がしないでもありません。そんな中、東京の赤坂で、東北のおいしいものを多くの人に伝えることで東北に還元しようとするお店があると聞いて、訪ねてみました。*平成30年1月30日現在の「全国の避難者数」(復興庁発表)

東京にある東北の港町

そのお店は、地下鉄の赤坂見附駅からほど近い通りにある「東北バル Tregion(トレジオン)」。スペイン語で「三」を意味する「tres」と「陸(地域)」を意味する「region」を組み合わせて付けられた名前です。その名の通り、三陸の新鮮な海産物や東北6県の旬の食材を産地直送で仕入れ、炭火を使った浜焼きや東北ならではの郷土料理にして提供。地酒、地ビール、地ワインなども豊富にそろえて、東北を満喫できるお店です。うたい文句は「東京にある東北の港町」。食材は、こまやかな旬の移り変わりに合わせて生産者がイチオシとして送ってくるもので、そのおいしさを味わってもらうためにメニューも柔軟に変化します。

東北との出合い

「店で"復興"という言葉は使わない」と語るのは、店長の吉田 慶さん。「東北を知らなかった人たちにも"東北はおいしい"と伝え、食べてもらうことで、東北の生産者に利益を還元していきたい」と思うからです。
そもそも、吉田さんが東北とかかわるようになったきっかけは、東日本大震災後の2011年4月、ボランティアとして行ったこと。東北に行く前、吉田さんは迷いの中で20代を過ごしていました。大学を中退し、開業医であるお父さんの後を継ぐべく医大受験の予備校に入ったものの、勉強に身が入らない。吉田さんの言葉を借りれば、「遊んだり引きこもったり」していました。そんなときに東日本大震災が発生。「こんな自分でもできることがあるなら、力仕事でもなんでもやろう」と思い立ち、ボランティアに参加したのです。
瓦礫(がれき)撤去などのボランティア活動を1ヵ月ほどした後、誘われてNPO 法人の職員に。当時は「ただただ一所懸命なだけ」でしたが、「東北のために何か役に立ちたい」という同じ思いでみんなが働き、その中に自分も入って一緒に活動できたことがうれしかったと吉田さんは語ります。

東北への恩返し

しかし、震災後何年かすると、多くの団体が相次いで東北から撤退し、ボランティアの数も激減していきました。その理由の多くは、補助金や助成金が打ち切られて経済的に立ち行かなくなったこと。そうした体験から、吉田さんは「復興支援」という文脈の中で補助金や助成金に頼ってする活動には限界があることを痛感します。その場しのぎにお金を使うのではなく、先を見据えて、被災地の自立につながることを継続的にやっていきたい。そう考えたとき、自分でもリスクを負いながら「商売」としてやっていこう、という結論に達したのです。そして2013年11月、この店をオープンさせました。
吉田さんがここまでする理由は、「僕自身が東北に救われた」と思うから。「東北に恩返しをするためにも、しっかりと事業を継続していく中で利益を出して、地域に還元したい」と語ります。

おいしい東北

取材に伺った日の午後は、気仙沼の漁師さんから、真子ガレイ、ナメタガレイ、メカジキといったイベント用の鮮魚が届きました。東北バルの食材は、もちろん東北からの直送。仕入れ先は、お店のお客さんから「あそこの○○がおいしいよ」「あの人が作っている○○がおいしいよ」といった情報が入ってきて、その度に生産者に会いに行き、徐々に広がっていったといいます。「自分が本当においしいと思ったものだけを仕入れ、それをお客さんに提供することが東北のためになると思っているので、生産者との関係性を大切にしたい」と吉田さん。「ここに来ると元気になれたり、いい気持ちで帰ってもらえたりするような、そんな店でありつづけたい」と言うように、ここを訪れた人は、おいしい東北に触れ、味わい、楽しい時間を過ごしているように見えました。
「大震災後、故郷のために何もできなかったけれど、ここで飲んで食べることで、微々たるものだが故郷の力になれると思うとうれしい」──東北出身のお客さんのこんな心情は、東北に関係があってもなくても、この店を訪れる多くの人が感じることなのかもしれません。

自分自身が東北に救われたから、恩返しをしたい。吉田さんのそんな想いから始まった、東北バル。訪れる人は吉田さんの想いを知る人ばかりではありませんが、この店に来て東北の食材やお酒を楽しみ、おいしい東北を知ることで、自然に被災地に近づき、産地を活気づかせていく。そんな好循環が生まれているようです。
多くの人の日常の中に、あたりまえに東北があること。それこそが、本当の意味での復興や自立につながる応援といえるのかもしれません。

[関連サイト]東北バルTregion

研究テーマ
食品

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