研究テーマ

食べられる街

撮影:黒坂明美

「エディブル・シティ」という言葉をご存じですか? 直訳すれば、「食べられる街」。といっても、もちろん、お菓子でできた街ではありません。経済格差が広がるなか、安全で新鮮な食べものを手に入れることが困難になってきたアメリカの都市で、市民自らが健康で安全な食べものを取り戻そうとして生まれた、さまざまな活動です。都会に暮らしながら、食と農のつながりを取り戻し、ひいては人と人のつながりも取り戻す。そこには、心地よい社会をつくっていくためのヒントがありそうです。

都市を耕す

2014年、アメリカで『都市を耕す エディブル・シティ(原題:Edible City)』という映画が公開されました。アメリカの西海岸を舞台に、さまざまな食の問題に対して真正面から向き合い、問題解決のために実践している人たちの姿を追ったドキュメンタリーです。
映画の冒頭に登場するのは、バークレーの街を2頭のヤギを連れて歩く高校の数学教師。数学を教えながら、「食べものがどこから来るのかを伝える役目になりたい」と裏庭で野菜を作り、ヤギやウサギを飼育して授業中にウサギと戯れる時間を生徒たちに提供しています。
他にも、「畑で街を占拠しよう!」という横断幕をかけて都会の真ん中でコミュニティ農園を運営する若者、生鮮食料品店へのアクセスが困難な「食の砂漠化」エリアの解決に取り組む市民、栽培から食卓までを「いのちの教育」としてエディブル教育の学びを提供するガーデン・ティーチャーなどなど。ひとりひとりの活動がコミュニティを動かす力となり、社会に変化をもたらしていくさまは、食の可能性を感じさせてくれます。

食べられる公園

こうした活動は、日本でもかたちを変えて始まっています。1500m²の畑がそのまま公園になったのは、世田谷区立「喜多見農業公園」。看板がなければ畑地にしか見えませんが、昼間はだれでも自由に出入りできて野菜の育っていく様子やなかなか見る機会のない野菜の花なども間近に見られるオープンな畑は、まさに公園という名にふさわしいもの。
講習生になると、畝作りから種まき、草むしり、収穫、種採りまでの一連の農作業を体験できるといいます。また、公園のファンクラブ会員として登録した人には、イベントの案内や草むしりなど農作業の案内をメールで配信。多くの区民を巻き込んで、人と土、人と人をつなげています。
収穫イベントでは、採れたて野菜の試食をすることも。そのときの子どもたちの食べっぷりは見事なもので、何度も「おかわり!」。「家では野菜を食べないのに」と同行のお母さんたちを驚かせます。土に触れ、自分で収穫し、みんなで食べる。それは、食べものと自然がつながっていることを実感することであり、命をいただく「いただきます」の意味を理解することにもなるはずで、「エディブル教育」にもなっているといえるでしょう。

食べられる道

街のなかの道を、食べられる植物でつなぐプロジェクトもあります。千葉県松戸市で行なわれている住民参加型のプロジェクト、「エディブル・ウエイ」がそれ。市の中心部である松戸駅から千葉大学松戸キャンパスまでの約1kmの道を、地域住民みんなで育てた野菜やハーブなどでつなげようという活動です。
沿道に点々と置かれているのは、「EDIBLE WAY」のロゴが入ったプランター。下町の路地裏などでよく見かける地先園芸にヒントを得て、それぞれの家の前にプランターを置く方法を考えついたといいます。それは、私的な営みでありながら、道行く人にも開かれた公的な意味合いも持つもの。プランターに植物のラベルが付けられ、外から見えるように設置されているのも、そうした意図からでしょう。水やりなどの世話は各自でしながら、食べられる植物が育っていくさまを道行く人も一緒に楽しむ。この活動が始まってからは、ご近所同士で苗の育ち具合を語り合う機会が増えただけでなく、プランターに興味を持った通りすがりの人が住民に話しかける場面も見られるようになったとか。地域の会話が増えていくことは、いざというときのセーフティーネットにもなり、安心して暮らせる街づくりにもつながっていきそうです。

「食べる」ことから社会を変えようとする動きは、すでにいろいろな場所で始まっています。忙しくてそんな余裕はないという人も多いでしょうが、自分の食べるものがどこで、どんな方法で作られ、どうやって自分のところまで届いたのかに思いをめぐらせることはできそう。そして、そんななかで何を選択していくかを意識するだけで、食卓が変わり、社会を変える一歩になっていくのかもしれません。「食べる」ことは生きることであり、たとえひとりで食事をしていようとも私たちは食べることで誰かとつながっているのですから。

参考資料:ローカルニッポン「食べられる景観」でまちづくり コミュニティでつなぐ緑の道

2018年2月21日発行の小冊子「くらし中心 no.19─おいしく食べる─」では、自然や社会とのつながりも含めて、さまざまな角度から「食べる」ことの意味を考えました。当コラムで取り上げた「世田谷区立喜多見農業公園」についても、詳しくご紹介しています。全国の無印良品の店頭で無料配布すると同時に、「くらしの良品研究所」のサイト小冊子「くらし中心」からもダウンロードできますので、ぜひご覧ください。

研究テーマ
食品

このテーマのコラム