研究テーマ

都会の直売所

ちょっと郊外に出ると、いろいろなところで農産物直売所を見かけるようになりました。道の駅のような大規模なものから、単独の農家が設けている野菜スタンドまで、その数は今や、大手コンビニチェーンの店舗数を超えるとか。そんな直売所人気を映して、最近では都会にも直売所が広がっています。今回は、都会のなかにあるユニークな二つの直売所をご紹介しましょう。

ふくしまを伝える直売所

東京世田谷区にある「ふくしまオルガン堂 下北沢」は、特定非営利活動法人 福島県有機農業ネットワークが運営する直売所です。もともとは福島の有機農家同士の勉強会としてスタートした会ですが、東日本大震災とそれに伴う原発事故によって福島の農業が深刻な被害を受けたことから、NPOとして活動することになりました。
福島産というだけで買ってもらえなくなった農産物、耕したくても耕せない地域の農家…そうした苦難のなか、福島の有機・減農薬農産物を販売し食を提供する場として、福島と都会をつなぐ場として、農の文化を伝える場として、さらには福島から東京に避難している人たちの集う広場として、大震災から2年後の2013年に開設したのが、この「ふくしまオルガン堂」です。オルガンには、オーガニック(Organic)と、対話・交流のハーモニーを奏でるという意味がこめられているといいます。

ふくしまと一心同体

そんな成り立ちの直売所ですから、ここにあるものは福島一色。旬の野菜や果物はもちろん、味噌や醤油・酢・油などの調味料も、小麦粉やジャム・佃煮・ジュースなどの加工品も、すべて福島産です。野菜や果物のそれぞれに生産者の名前と農法(無農薬、無化学肥料など)が書かれているのは、どこの直売所でもよく見かける光景ですが、その一品ずつに「不検出」という文字が。すべての食材の放射能測定を行い、その結果を表示しているのです。今なお、厳しい現実の中で農業をしている生産者の苦労が思われます。
また、福島産のものだけを取り扱うため、今年のように雨が多いと野菜の入荷が途切れることも。「なんで野菜が来ないの?」と訊かれることもありますが、「その理由を伝えるのも私たちの仕事」と、あくまでも福島産にこだわります。

本日のふくしま定食

この店のもう一つの名物は、福島の有機野菜をふんだんに使って福島の家庭の味を表現した「ふくしま定食」です。野菜や果物はもちろん、調味料も醤油・味噌・酒は福島産。「会員の農家が育てた食材をプレゼンテーションするつもりで作っている」と語るように、余計なものはできるだけ使わず、素朴でも素材の持ち味が生かせるよう心がけています。
ランチタイムの定食ですが、「今はおなかが空いていないから、夕食用に持ち帰りたい」といったリクエストも。気軽に応えて容器に詰め替えるスタッフとお客さんとのやり取りから、この直売所が都会のオアシス的な場として親しまれていることがわかります。

9つの地域と都市をつなぐ

もう一つの直売所は、東京吉祥寺の商店街の中心部にある「麦わら帽子」。都市と地方が相互に関わり合い、ともに発展するための「しかけづくりの場」として、平成13年に武蔵野市がはじめたアンテナショップです。
この店の目的は、長野県安曇野市、千葉県南房総市、岩手県遠野市、山形県酒田市など9つの友好都市との交流を通して、都市と地方がつながること。各地域の特産品はもちろん、観光情報やふるさと情報を発信し、生産者と生活者、人と人が交流し、友好を深め、相互の豊かな市民生活と活力ある商業活動を進めることを目指しています。
この店に並ぶのは、友好都市の物産のなかでも旬のもの、鮮度が高く安全・安心なもの、地域の原材料を使い地域の食文化の伝達などにこだわりのあるもの。そうした商品を意識して仕入れるだけでなく、生産者に対しても同じ視点で生産や商品開発の提案を行っているといいます。

食材を通して好きになる土地

ここでの人気の食材は、日々の生鮮野菜の他、ストレスのない環境で育てられた鶏の卵や海産物など。買い物客のほとんどは地元の人で、各地の食材が気に入って買いに来る人が多いといいます。「私は酒田派」「私は安曇野派」といった具合に、お客さんそれぞれに「ごひいき」の土地の味があるのだとか。その土地の味に思いを馳せながら日々の食卓を通してつながっていくことで、第二・第三の故郷ができていくのかもしれません。
また、友好都市の市町村の学校から、子どもたちが販売体験に訪れることも。地方の子どもたちが自分の地域の特産品を持ってきて「麦わら帽子」で販売したり、学生の企画した商品を置いて販売したりするなど、販路拡大を目指す地方に対して、商業面でも教育面でも貢献する仕組みをつくっています。

生産者と生活者、地域と地域、地域と人、人と人をつなぐ場として、大きな可能性を秘めている直売所。その人気の背景には、効率化・均質化を求めて季節感の消えてしまった食卓への反省や、暮らしのなかで顔の見える関係を築いていきたいという生活者の意識変化があるのかもしれません。
みなさんのお近くには、どんな直売所がありますか? また、どんなふうに活用していらっしゃいますか?

※「麦わら帽子」に商品を置く9つの友好都市:富山県南砺市、長野県川上村、長野県安曇野市、千葉県南房総市、岩手県遠野市、新潟県長岡市、広島県大崎上島町、山形県酒田市、鳥取県岩美町

[関連サイト]
ふくしまオルガン堂 下北沢」(定休日:月曜日・火曜日)
麦わら帽子」(定休日:水曜日)

研究テーマ
食品

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