研究テーマ

「○○○ライス」と進取の気性

突然ですが、日本語って不思議だと思いませんか。同じお米を炊いたものを「ごはん」と呼んだり、「ライス」と呼んだり。いちおう茶碗によそったものが「ごはん」、皿によそったものが「ライス」という使い分けはありそうですが、でも、この「ごはん」と「ライス」の微妙な使い分け、その奥に日本人特有のユニークな文化を生みだすパワーの源があるように思えてなりません。というわけで、今回は「ライス」という言葉に注目してみました。

日本の洋食

「○○○ライス」といってまず思い浮かぶのは「カレーライス」でしょうか。老若男女を問わず人気のある国民食のようなこの料理、日本に伝わってきたのは明治の初期だそうです。料理研究家の小菅桂子さんの著書「カレーライスの誕生」(講談社学術文庫)によると、1872年(明治5年)に刊行された「西洋料理指南」という本に、当時のカレーのレシピが載っているとか。また、同年に出版された「西洋料理通」という本にも、やはりカレーのレシピがあるそうです。
似たような料理に「ハヤシライス」があります。ハッシュドビーフがなぜ「ハヤシ」になったのか、起源は諸説あって不明ですが、こちらもどうやら誕生は明治の初めの頃のようです。他にも、鶏肉とライスを炒めてケチャップで味付けした「チキンライス」、それを溶き卵で包んだ「オムライス」など、明治の世には日本風にアレンジした「○○○ライス」が次々と誕生し、広まっていきました。欧風と和風の食文化が融合した「日本の洋食」と呼ばれるジャンルです。

外来語とカタカナ

明治の初めの日本には、文明開化の号令とともに、先進国である諸外国の物品がドッと入ってきました。洋服、馬車、鉄道、レンガ、ランプ、ガス灯、蓄音機など、目新しいものの数々に人々は度肝を抜かれたことでしょう。しかし、日本人のすごいのは、ただ驚くばかりではなく、それらの新しい品々や風習を進取の気性で貪欲に取り込んでいったところにあります。そして、その過程において大いに役立ったのが、カタカナではなかったかと思うのです。
カタカナは音節を表す「表音文字」。だから、外国人の発声を聞き取れば、そのまま日本語の単語として使えます。そしてまた、同じ表音文字の平仮名との併用で、和風のものは平仮名、洋風のものはカタカナ、という使い分けが可能になりました。ひとつの言語に2種類の表音文字があるのは世界的に見ても珍しく、この平仮名とカタカナの使い分けがあったからこそ、日本は容易に海外の文化を取り込めたのではないでしょうか。

カタカナの不思議

カタカナには不思議な力があります。外国のものをカタカナで書くと、なぜか"外国らしさ"が消えてしまうのです。たとえば「テレビ」は英語でTelevisionと綴ります。Teleは「遠い」を表し、Visionは「視覚」を表します。つまり、遠くを見るという意味がそれにはあります。しかし、これをカタカナで「テレビジョン」と書くと、善し悪しは別にして、オリジナルの意味は消滅してしまいます。それはもはや外国のTelevisionではなく、日本人にとっておなじみの「テレビ」になるわけです。
このようにカタカナによる表記には、外国語の中にある"外国語のニュアンス"を消し去り、"日本化"してしまう魔力があります。先にあげた「カレーライス」や「オムライス」なども、カタカナの力によって"日本化"されたもののひとつでしょう。

さらなる進化

カタカナ表記によって"日本化"された品々は、孤立した島国の文化の中で、独自の進化や発展を遂げることになります。たとえばSpaghettiはイタリアのパスタの一種ですが、カタカナで「スパゲティ」と書くことで本家本元とは似て非なる別の物になりました。こうして日本の文化に取り込まれたスパゲティは、ナポリタンやミートソースなどの亜種を生みだし、たらこやイカ、納豆などと出会いつつ、新手のものへと進化していったのです。
「換骨奪胎」という言葉があります。これは「古人の詩文の内容などをそのまま用いながら、しかも独自の作とすること(三省堂大辞林)」。外国文化を"日本化"し、創意工夫を凝らして発展させる日本人は、まさに「換骨奪胎」の名手といえるでしょう。

今、この平成の世で「○○○ライス」はさらなる進化を遂げています。たとえば、メキシコ料理のタコスの具材をライスに載せた「タコライス」は、沖縄の飲食店が発祥の地とされていますが、今や全国各地に専門店ができるほどメジャーな料理になりつつあります。また、長崎で生まれた「トルコライス」は、ピラフの上にスパゲティナポリタンとデミグラスソースのかかったトンカツを盛りつけるという大胆な料理。こちらも当初は長崎のご当地グルメでしたが、今や多くの洋食店のメニューに登場する全国区の料理になりました。

「ごはん」を「ライス」と呼び変えることで独自の発展を遂げてきた日本の洋食文化。これからも日本人ならではの進取の気性とユニークな発想で、新たな「○○○ライス」を生みだしていくことでしょう。

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研究テーマ
食品

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